第三狂 出発ノ時

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「いきなり情けない姿を見せて申し訳ない。私の名前は鈴村良一(すずむらりょういち)と言います。年は今年で四十八になります。飲料水のメーカーで働くサラリーマンです。君が東京に行くと言う噂を聞いた時、諦めていた娘の笑顔が浮かんで……無意識のうちに話し掛けていました。自分でも無理なお願いをしていると思っています。でも……どうしても諦め切れないんです」 「鈴村さん……今でも娘さんの事、愛しているんですよね?」 サトルはそう言って笑顔を浮かべる。 「えっ?あぁ……はい!もちろんです……。一人娘ですしね」 「それなら、俺と一緒にこのシェルターから出ませんか?申し訳ないんですが、娘さんが生きていた事を確認出来ても、ここに戻ってきてあなたに伝えるまでは正直出来そうにありません。電話やメールが使えるなら話は別ですが……」 サトルがそう言うと、鈴村は情けない顔で震える膝を掴む。 「そうですよね……無理ですよね。でも、私なんかが行っても、きっと足でまといになるだけです。武道なんかしたことないし、走るのも遅い。きっと狂鳴人にすぐに喰われます。今だって、ここから出ることを想像しただけで膝が……」 そう言って鈴村はガタガタ震える膝を両手で摩る。
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