フレンチキス、ディープキス

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フレンチキス、ディープキス

「“僕は顔を真っ赤にして照れている彼女に、フレンチキスをした”っと……。はぁ、なんとか完成……」 課題の小説を書き終え、伸びをする。 「お疲れさん」 健次さんがテーブルの上にエスプレッソを置いてくれる。 「ありがとうございます、健次さん」 「どれ……。こりゃ最後の一文は書き直しだな」 「え? どうしてですか?」 パソコンを覗き込んだ健次さんは、最後の一文を指さしながら言う。 「間違った使い方をしてるからだ。いいか?」 健次さんの熱い唇が押し当てられたかと思えば、彼の舌が私の口内に侵入し、舌が絡み合う。 「んんっ!?ふ、はぁ……な、なにするんですか……」 「いいか、フレンチキスってのはディープキスのことなんだよ。フランス人の情熱的なキスをイギリス人がバカにして、フレンチキスって言ってたんだよ」 私はディープキスをされてドギマギしてるのに、健次さんは冷静に説明してくれる。 「相変わらず博識ですね」 健次さんの知識量は、本当に計り知れない。1度でいいから、健次さんが知らないことを説明してみたい。 「ちなみに日本でフレンチキスが挨拶程度のキスと思われがちなのは、アメリカ人が軽いキスをそう呼んでいたかららしい。それが日本に広まったんだとよ。これくらい知っておけよ、未来の文豪さんよ」 健次さんは完璧な捕捉まで述べると、もう一度私にキスをする。 やられっぱなしも悔しいから、わたしの方から舌を絡めてみる。 「んんっ!?ふ、ぁ……くっ……」 唇を離して彼の顔を見れば、健次さんの目は潤み、息も荒い。こんなに余裕が無い健次さんを見るのは初めてのこと。 「私だって、いつまでもやられっぱなしじゃないですよ」 「やってくれるじゃねぇか……。まぁ、書き直し頑張んな」 得意になって言うと、健次さんは早足で厨房に行く。 「あ、珍しく逃げた。ふふっ、なんかちょっと気分いいかも。よーし、書き直し頑張ろ。……って言っても、最後の一文だけなんだけど」 私はもう一度パソコンに向き合う。 「“僕は顔を真っ赤にして照れている彼女に、優しくキスをした。”これでいいかな」 私はパソコンをシャットダウンさせると、カウンター席に移動した。 「お疲れさん」 カウンター席で煙草を吸う健次さんは、もういつもの彼に戻っている。 「ふふっ、ありがとうございます。健次さんのおかげで、間違った言葉を書かずにすみました」 「そうかい。ま、大抵の奴らは気づかないだろうが、秋明あたりが面倒くさそうだろうな」 健次さんはげんなりしたような顔をする。 「確かにそうですね。なんたって、恋愛小説のスペシャリストですから」 「だからって、あそこまでキザなのはどうかと思うがな。まったく、あれも誰に似たんだか……」 健次さんさんは自覚がないみたいだけど、この人も朱音くんに負けず劣らずキザだと思う。 「意外と健次さんにだったりして」 「冗談でもやめてくれ。俺はキザなんかじゃねーよ」 健次さんは吐き捨てるように言うと、煙草を灰皿に押し付けた。 「健次さん」 「なんだ?」 「ん……」 目を閉じて背伸びをして、キスをせがむ。 「仕方ねぇな……」 健次さんは乱暴な言葉のわりにやんわりとした口調で言うと、キスをしてくれる。私の意を察したのか、触れるだけのではなく、本来のフレンチキスだ。 「ふ、ぁ……はぁ……ふふっ」 健次さんの煙草の味と、私が飲んだエスプレッソの味が混ざり合い、ビターなキスになる。 「何がおかしいんだ?」 「健次さんが煙草吸った後のキスって少し苦くて癖になりそうです」 「好き者が」 素直に言うと、健次さんは艶やかな微笑を浮かべた。
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