♯6 アザゼル・ハイド

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 だが、ジュリアもクレイグと同意見だった。ブラッドリーの話は、クレイグよりも具体的で、きちんと書物を読んだらしい詳細さが上回っていた。クレイグの話は人づてで聞いた曖昧な感じを残して、簡潔に述べてわかりやすいものの、何かが違うと、ぼんやりとジュリアは全く関係のないことを考えていた。クレイグの話は不安や恐怖、負の感情だけを置き去りにしているようにも思える。が、実際はわからず、この複雑な感情を言葉で説明できなかった。 「地上では姦淫(かんいん)、殺人、泥棒、詐欺などあらゆる悪がはびこっていた。そこで神は、ウリエルに伝言を頼む――ノアに準備するようにと――ノアのもとへ向かう途中で、エノクと出会い、エノクは事情を知って、ノアに天使の本を渡す。エノクは、つぎにアザゼルのところへ行った。アザゼルは猶予を求めて、エノクが神への嘆願書を書いた。神に届ける前に嘆願書を読み返そうと、エノクはダンの河原へ行った。その嘆願書を読んでいるうちに眠ってしまった。そのとき、夢をみた。神が申された『エノク、アザゼルは余計なことを人間に教えた。それで悪がはびこったのだ。やつらに平和はない』と」  ジュリアはクレイグの話よりもブラッドリーの話に深い興味を覚えた。 「一方、ノアは天使の本を見ながら方舟(はこぶね)をつくる。やがて雨が降り続き、地上は大洪水となり、巨人も人間も動物もすべて流されてしまった」 「ああ、ノアの方舟ですな」というクレイグの言葉を、ブラッドリーはまたもや遮断(しゃだん)する。知っている内容にだけ口を挟むなと言いたげに。 「アザゼルは、はるかかなたの、大洪水さえ届かない天と地の果てに連れていかれた。いまも、そこにつながれている」 「まあ!」ルーシーが思わず声を上げる。「では、アザゼルではないということでしょうか、旦那様?」
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