♯6 アザゼル・ハイド

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「そうはいきませんよ」ブラッドリーが礼儀正しく言った。「さあ――」皆へ来るよう促し、玄関ホールへ向かう。クレイグが、ブラッドリーから直々に帽子をもらって、別れ際に再び礼を述べ、そのまま弁護士クレイグは去っていった。  扉が乾いた音を立てて閉じる。スチュアートがまたいつもの咳をわざとらしくして、ペギーとルーシー、ジュリアはたちどころにびくつき、早速元いた仕事場へ戻ろうとする。  ただジュリアは後ろ髪を引かれる思いで、ブラッドリーを、そして彼の横顔を見ていた。いますぐ吸い寄せられて、彼のそばにいきたい。アザゼル・ハイドの恐怖が起因しているのか、この場にそぐわない感情が波打ちながらやってきた。  抱きしめて、唇を重ねてたい。ずっと胸にわだかまっている思いを込めてキスをしたい。むさぼるように口を開いて舌をからませ、彼に負けじと激しく応じたい。  すでに後戻りできぬ思いが心をかき乱した。ジュリアは名残惜しげに彼を見て、仕事へ戻った。 「さて、僕も帰るとしよう――」デリックが言って、ブラッドリーがはっと我に返ったように彼をじっと見つめた。「ああ」
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