♯7 芥蔕(かいたい)

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「ねえ、そのアザゼル・ハイドは、本当にいると思う?」  ルーシーがベッドの上であぐらをかいて、黄みを帯びた髪をくしけずっていた。 「さあ……普通なら考えられない話だけれど」  ジュリアがベッドの背にもたれ、上掛けを腰まで引っ張った。今日も長い一日で、何時間も立ったままで拭き掃除や掃き掃除をしていたために、前に放り出した脚の筋肉が疲れきっている。ただ、今朝来た客人の話がなかなか寝付けなくさせる。 「ミスター・カーティスの話では、この屋敷に入ったと言っていたでしょう?」ルーシーがジュリアへ問いかける。 「本当なのかしら。だって、わたしは見たことも聞いたこともないわ。ミスター・パーカーだって知らないのよ? おかしい。ミスター・カーティスは、ご主人様を陥れようとしているのかしら」  いまだ独白のようなルーシーの言葉が続いた。ルーシーは髪を一本の三つ編みに束ねはじめた。確かに、と思ってジュリアは陰気なスチュアートの顔とクレイグの律儀な物腰を思い浮かべた。 「ミスター・カーティスは弁護士でしょう? なのに、なぜそこまで興味を持つのかしら。警察に任せばいいじゃない」  現役警官のうち、四分の一近くが職権乱用などで解雇されていた。大通りは彼らのおかげで治安が保たれていたものの、ロンドンの中心部ではまだ、日没後はもちろんのこと、日中でさえ、歩行者が足を踏み入れることのできない地区があった。場所によっては迷路のように道が入り組み、ところどころには強盗が待ち伏せしていたりした。  そこでようやくジュリアが吐息をついて、口を開く。 「あまりの真実味に、ことを大きくしたくないのかも」  どこかさみしげな響きがある。そして、何かを発見した口振りでもあった。まるで、信じたくない物事を受け入れなくてはならないような。同時にブラッドリーの面立ちを脳裏に浮かべていた。 「それなら、本当にいるの?」ルーシーが毛嫌いするように眉をひそめる。三つ編みの最後の部分を結って、怯えたようにあたりをきょろきょろ見回した。 「ジュリア、お願いだから、そんなおそろしいことを言わないで――」
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