♯7 芥蔕(かいたい)

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「ブラッドリー?」そう問いかけるだけで、かろうじて残る気力を総動員しなければならず、心も体も精一杯だった。吐息が、声が、無意識に震えてしまう。両手は指先までかじかみ、足の指は氷のように冷たくなっていた。 「……ブラッドリー」もう一度、確かめるように名を呼ぶ。ジュリアはしゃがんだ。心配げに彼の顔をのぞきこむ。ひどく疲れて、ぐったりしている。彼が先ほどの相手に攻撃されたかのように見える。  しかし、これほど冷え込んでいるのに、白いシャツ一枚で、胸をはだけさせている。青白い顔。ほんのりと開いた口。それでも端麗にうつるのは、持って生まれた上品な面立ちだからだろうか。  すっきりした鼻筋。密にはえる睫毛。頬のなめらかな線。凛々しい輪郭。疲れきった表情――ああ。  覚えず感情がこみ上げて、ジュリアの手は慈しむように彼の頬に触れ、優しい手つきで撫でてやった。それはかつて抱いていた淡い想い。疲れた彼を癒してあげたい。  彼が、強大な何かに押し潰されているように思えてしかたなかった。それが何かはわからず、そして理由も知らない。現実には、先ほどの相手は確実にブラッドリーなのだろうが、心と思考がその考えを受けつけず、結びつけない。はねのけて、完全に拒絶している。  先ほどの相手にブラッドリーが襲われたのだと、手っ取り早く都合の良い結論を導こうとしている。  安易すぎる。その懺悔から由来するのか、胸の痛みは、疲れきった彼を見るだけで一回りも膨れ上がる。ああ、なぜ――  どうして――
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