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ひと区切りついたのだろう、沈黙が風と戯れた。
ちらり、若葉が視線を向けたのは、宙を見つめたまま口を閉じている実頼だ。
彼の耳には、種のたの字も入ってない筈だ。まさに、心ここに有らず。
仙華も『そういえば』と、実頼の存在を忘れかけていた程に、ずっと彼は黙していた。
「さて、関白様。知りたがっていた名の出処も知れたでしょうし、目的は達成されたのですから私共は用済みでしょう?」
「……ああ…、ああ。そうですね」
「…実頼……?」
たった一言、それだけを返した実頼からは、もう口が開かれる様子は窺えなかった。
冷泉は彼の様子に訝しむと同時に、気遣わしげな雰囲気を滲ませていた。
「やっぱり、人の心はそう簡単に変えられないということね」
呟きながら徐に若葉は花弁を仕舞いこみ、床へ手をつき後ろへさがる。
頭を垂れた後にすくりと立ち上がった彼女は、門へ向けて歩みを踏み出した。
もうここに用はない、そう言わんばかりの迷いのない行動は突拍子もなく、仙華は慌てて立ち上がる他ない。置いて行かれるのは御免である。
冷泉と昌子は、呆けたように慌ただしい二人を眺めることしか出来なかった。あまりにも突然の別れに、なす術は無い。
ただただ、気まずい空気が彼らを包んでいた。
「種……早速、探してみようかな。そなたもどうかな、昌子」
空気を変えようと、冷泉は昌子に微笑んだ。
その微笑みさえ、彼女には苦しみでしかないとわかっていても、声をかけずにはいられなかった。
今なら彼女から返事がもらえる。そんな確証があったから。
唐人との事なんて、今の冷泉の頭にはなかった。実頼でさえ、空気である。彼の頭は、昌子の声、それのみ。
(僕は、僕を信じていいんだ)
昌子からの答えを待ちながら、その一言を冷泉反芻していた。
開いたり、閉じたりを繰り返す昌子の口を見ると、答えに倦ねているようだった。
微笑んだまま待つ彼の視界へ、不意に、震えた指先が差し出されるよう映り込んできた。
「えっ……」
⸺この手は、どうすればいいのか。
予想だにしなかった事に、彼の狼狽えようは見ている側が切なくなる程。
取るべきか、取らざるべきか。思考を凄まじい速さで巡らせている間に、その指先が胸元へそっと突かれた。
トン…と、己の胸で止まったこの指先は何なのか。
意味を導き出そうにも、動かせる思考はもうどこにもなかった。
「もうし……わけ…、」
顔を俯かせ、しぼり出された昌子の声を聞いた瞬間、冷泉の脳裡にある光景が浮かんだ。
それは、曼珠沙華と同じ色を躯から流しながら朱色に染められた視界。
「謝って…るの……?」
頷かず、かといっても振ることもなく。
俯いたまま震えるだけの彼女の旋毛を見ていると、あの痛みと苦しみを忘れていた事に気づく。
傷はどうなっているのかわからないが、誰かが不思議な薬で癒やしてくれていた気がする。お陰で痛みは、感じない。
「えっと…もう大丈夫から。それに、僕も謝らないと。昌子の事、中身が別人だって気付けなかった。あと、さっきは庇ってくれてありがとう」
己も謝り、尚且つ、礼を告げ。
変わらず昌子から反応はないが、やる瀬がない事だろう。これならいっそ、怒鳴り散らされた方がましだと思う程に。
「僕達、本当に何もしらなかったんだなぁって気付かされたよ。……これからは、昌子の思う儘に過ごしてほしいな。僕は僕で、やることがきっとあるから」
未だ動くことなく、宙を見続けている実頼を一瞥した冷泉。
視線を戻したとき、昌子の眼が此方を見ていた。目が重なった瞬間、お互いの肩が強く跳ねる。
息が止まった感覚が伝わる至近距離で見合ったのは、恐らく初めて。
何もかもが初めてで突然のことだったからだろうか。
気づけば、口を開いていた。
「僕が狂帝じゃなかったら、僕達は仲良くできていたのかな?」
「⸺⸺」
二人を見下ろす空は、冷泉の双眼よりも澄んでいた。
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