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ひぐらしの声澄み渡る季節。 平安の都は今日も雅な音色に包まれていた。 そんな都から人里離れた洛北の山奥。竹生い茂る藪を抜けた所には、小さなお屋敷がぽつねんと佇んでいた。よくよく見ると、どこか廃れた印象を与えられる屋敷だ。 ──そこそこの年季物といったところか。 都の音色が微かに聞こえてくる。だが大半は笹が風に靡かれる音、鶯の声、虫の音が強い。実に長閑(のどか)だ。澄んだ空気はまろやかで美味(びみ)。 「ごめんください」 そこに、小さな門前へ一人の女人が現れた。 壷装束(つぼしょうぞく)に身を包んだ美しい女人だ。ぬばたまのやうな艶々とした黒髪。纏う気は、清廉(せいれん)そのもの。(かんばせ)は市女笠に隠れよく見えない。 だが、恐らく印象通り美しい(ぼう)をしているだろう事が安易に想像出来る。 「はあ~い。ちょっとお待ちくださいね」 やがて、門奥から甲高い間延びた声が流れてきた。女人はその声に従い、静かに門前で佇んだままでいる。 すると程なくして、(ようや)くとその門は動かされた。静かな音をたて、ゆっくりと開かれていく。 「ようこそお出でなさいました。怪異調査屋、若葉(わかば)にございます」 (こうべ)を垂れ、赤の手甲がされているぴんと揃えた指先は膝元へ。手首には何やら漆黒の数珠が(くぐ)らされていた。 先程の女人とは些か印象の違う、微笑みを携え凛とした"若葉"と名乗る少女が現れたのだ。
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