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美しい鳥だ。 言うなれば孔雀。 様々な青の輝きを放ち、艶々とした羽を持つ。その身体の大きさは、前に立つ若葉を優に超えている。 脚は二本でやや細長く、(くちばし)は羽より少し濃い青だ。だが、瞳は何やら言い表わせない不思議な赤にも似た色だった。 屋敷の屋根より遥かに高い、そんな大きい鳥が背を曲げ若葉の目の前へ大きな頭を下ろす。そしてこれまた大きな目で、若葉の目をじっと見つめる。 「ううん、帰る前にちょっと寄り道をお願いしたいの」 「…もしや、その者らと共にですか」 若葉は嘴の先を優しくするすると撫ぜながら頷く。碧綺(へっき)と呼ばれた鳥は、心地よさそうに目を細めているものの、その声音には非難の色が垣間見えた。 「……ちっ」 「えっ」 「うわぁ…」 「こら」 上から順に説明しよう。 碧綺が舌打ちをしたのだ。そう、舌打ち。 若葉の頷きを見るや否や、見る見るうちに非難色が美しい顔にまで現れ、ついには口から漏れ出てしまった。 それを聞いた癒月が驚き、仙華は嫌そうに渋面、若葉が嘴を小さく小突いた。 「…失礼。しかし(われ)には主様以外の人間は皆等しく、(あり)同然としか見えませぬ」 (あり)。その言葉を耳にした癒月は、盛大に衝撃を受けしゃがみ込み、茫然自失してしまった。 そんな彼女に見向きもせず、ただ若葉一人しかこの碧綺は視界に入れようとしない。当の若葉は内心、頭を抱えたくなっていた。 「こらっ。ああもう、癒月様、申し訳無い。仙華、仙華、灰になりかけてる癒月様を起こして頂戴」 呼ばれた仙華は渋々といった風に癒月の隣へ立ち、肉球を頬へぐいぐいと押しやる。すると、冷たい肉球の感覚にはっと意識を戻す癒月。その頬は少々砂が付き、茶色くなってしまっていた。仙華は教えてやるつもりも無ければ、拭ってやるつもりもないらしい。 一体、姫の頬についた汚れはいつ消えるのか。 「よし、とりあえず早い所あちらへ移動しましょう。この子の紹介はまた後程」 癒月の頬に気付いた若葉がさり気なく袂でサッと拭った。 若葉の言葉に碧綺は何かを察したのか、脚を折り、片翼で若葉を包み込みやがて持ち上げる。 そのまま、己の背へと乗せた。 「有難う、碧綺。さっ、二人も早く」 驚く事もなく微笑みながら背を一撫でし、礼を告げる。そして二人へと手を差し伸ばそうとする。 それを見た仙華は一つ溜息を零した後に、癒月の着物の裾を噛みながら若葉の手の方へと歩き出した。 そして若葉の手前付近で止まり、癒月の足を後ろから鼻先でつんと押しやった。 「えっ、よ、良いのですか…」 「勿論。先程のは、この子の戯言なのでお気になさらず」 「姫、僕を抱えておくれ」 癒月はお転婆と定評の姫なだけあって先程は少々動揺していたが、へっきを見つめる瞳はきらきらと好奇心で満ちあふれていた。 そんな彼女の裾を爪でくいっと引っ張り、何やら抱っこをせがむ仙華。首を傾げながらも言われた通りに両腕で抱えた瞬間、彼女の体がぐんっと上に上がった。 「ひぇっ…!」 「よしっと。ちゃんと羽、掴んでて下さいませ。碧綺、陸奥(みちのく)にある湖の地へお願い」 若葉が癒月の脇に手を差し入れ、持ち上げたのだ。そのまま己の後ろへ下ろし、何事もなかったかのように前へ向き直った彼女の力は、底知れない。 生まれつき力持ちなのか、将又(はたまた)鍛えられたものなのか。勇ましい若葉に、癒月の心が『きゅん』と、少しときめいてしまったようだ。 「ああ、嫌だ。嫌だ。新幹線が恋しい」 仙華が頭を抱えて、ぶつぶつと独りごちている。 そうこうしているうちにも、若葉が鳥の羽を一撫ですると、碧綺が大きく羽をばたつかせながら浮遊してゆくではないか。 「では、落とされぬように」 次の瞬間、強い風が体を叩きつけた。
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