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突如として腹から、喉から、精一杯にあげられたであろう癒月の声に驚いた若葉は、その顔を向ける。 輝かんばかりの笑顔で、癒月が此方を見上げていた。 「先程は本当にごめんなさい!そしてどうか、私と、おっ、お友達になって下さい…!」 翼の音に混じりながらも、はっきりと聞き取れた言葉に瞠目する。視界に映るのは顔をこれでもかと赤くさせて叫ぶ癒月の姿。想像もしてなかった言葉だ。今の若葉の表情は、素っ頓狂とも言えるだろう。 唯唯、告げられた言葉を反芻する。やがてその言葉の意味を漸く理解出来た時、若葉の口元は緩んでいた。 年相応とも言えるだろう、その緩んだ口元は、大きな笑みを浮かべる。 それを認めた癒月は、ぱぁぁっと、夏の日差しの下に咲き誇る向日葵のような笑顔を浮かべるのだ。 嬉しそうに、嬉しそうに、二人は笑い合う。 「──若葉ちゃん」 風に攫われる髪を抑えようともせず声を上げた彼女の言葉は、果たして天高く羽ばたいてしまった若葉に聞こえたのだろうか。定かではない。 けれど若葉はその目に移していた。小さな唇が己に向けて浮かべた文字を。手を振りながら向けられたそれは 『またね』の一言。 その一言に気付いた若葉は猶更と笑みを深め、同じ『またね』の言葉を込めて、癒月へと手を振った。 嗚呼、青が小さくなる。 互いの姿はもう、肉眼では確認する事が出来ない。それでも通じ合っただろう。そう信じて若葉は前を向き直り、癒月は手を静かに降ろす。 そんな彼女の隣へ、後ろから見守っていたあの神が寄り添う。 「…また、会いに来てくれますでしょうか」 「来るだろう」 若葉達の飛んで行った先を見つめて呟く。 そんな彼女の腰をそっと抱き寄せ、男は微笑みながら頷いた。 きっと姫であった癒月にとって、あんなに接したのは若葉か初めで、初めての友なのであろう。それはきっと、若葉も同じ。 だからあの時、彼女が言った"命"への価値観も、しっかりと改めてみようと癒月は決心した。唯一無二の、友の為に。 「それよりも、巫とは一体何をすればいいのでしょう?」 「…気儘にやっていけば、何とかなるだろう」 「ふふ、そうですね。また何かあったら若葉ちゃんに聞きましょう」 「嗚呼、そうだな。それがいい」 穏やかに微笑み合いながら、くるりと背を向け、社の方へ歩を進め始める一人と一柱。 これにて、彼等の物語は締め括りを迎える。きっと、この騒動は癒月の想いと神の想いが絡み合った事で起きた怪異だろう。そして二人が今こうして肩を並べ合えているのは、若葉のお陰でもあるのだ。二人は碧綺の姿が見えなくなっても、空を見上げていた。 ──そんな彼等の背を見つめる、複数の影。 それは素朴な衣を纏った子供、大人、老若男女といった様々な人々だった。 そして、深々と音もなく頭を下げるその者達。 「ん…?」 「どうされました?」 「──ははっ。いや、少々愛おしくも懐かしい気を感じただけよ。嗚呼、本当に、愛おしいものよ」 その者達は男が振り返り視線を向けた時にはもう、溶けるように消えていった。 だが、男には見えた。 一瞬だが、確かに見えていたのだ。 己を生んだ愛しい人の子らが皆笑顔で、祝福するかの如くこちらを見ていたのを──。 しとしとと、笑った男の頬を温かな雨が降り注いだ。
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