序章

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序章

 失踪していた祖父が帰って来て口にした言葉は信じられないものだった。  その考えすら恐ろしかったし、口に出すのも嫌悪した。祖父の悪行を止めるとはいえ、これが最善策とは思えない。  盗んだ手紙を何度も読み返す。本のように厚いその手紙は、問題解決には必要な物だ。私は手紙を掴んだまま、北区の一箇所で立ち止まり己の指をナイフで傷つけ血で文字を書いた。  祖父が呼ぶ前に、私が呼ばなくちゃいけない。  手紙に書かれていたその名を呼んだ瞬間、地面から空へとあがる強風が吹いた。砂塵が舞い目を開けていられない。  どんなに追い詰められていてもこの扉だけは開けてはいけなかったのでは……。と思った頃、ようやく風がやんで一つの人影が見えた。  危険を予想していた私とは違い、実際に現れたのは最も呼びたかった存在だけのようだ。ということはこれは成功したと言えるのだろうか。 「あの……。あなただけですか?」  恐々尋ねると生き延びた片方は、これが答えだと言わんばかりにしゃぶっていた骨をぷっと吐き出した。  服も身体もボロボロで特に上半身は服の意味をなしていない。その体躯から細身の男性だとわかる。手には折れた剣を握りしめているが、それもおそらく機能を存分に活かせないだろう。 「話があるんです」  私が言うとその男性は私と視線を合わせないようにしながら首を傾げた。 「読んでもらいたい物があるんです。ですが、その前に……店に案内しますね」  すれ違う人たちが私とボロボロの男性を好奇の目で見るので居た堪れない。私は男性の手を掴む。死人のような冷たい手にぞっとしたが、それでもここで逃すわけにはいかない。  その冷たい手を離さず喫茶店の中に入れ「オープン」の看板を裏返しにした。 「コーヒーとパンを準備します。それと、タオル、ですね。読んでもらいたいのはこれです」  私はずっと握りしめていた手紙を彼に渡した。  男性が手紙を読み始めたのを確認すると私はさっさとタオルを取りに行く。  何度も読んだため、手紙の書き出しは覚えている。
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