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午前三時の鐘が鳴る。
みな焦るように扉をくぐっていく。
――――ああ、早く帰らなければ。
そう思いはするのに、体は言うことを聞かない。
帰らなければと思うほど、嫌なことばかり思い出す。
例えばそう、カナに名前を聞かれてとっさに答えたこの名前の理由とか。
「タツミ」という名前は、僕と同期の僕よりずっと仕事のできる気のいい友人の名前だった。僕がどんなに憧れてもあいつにはなれない。あいつの様には振る舞えない。そう思わせるだけの実力あった。
それでもあっけなく、あいつは僕の前から消えた。
僕の勘違いでも何でもなく、タツミと僕は親友だった。仲がいいことを会社でからかわれもした。タツミが気を遣って僕と仲良くしているだけじゃないのか、と。
それくらい僕とタツミは正反対だった。
でも、その違いが心地よかった。
僕を残して、タツミはいなくなる。電車に飛び込んだらしい。
なぜそんなことをしたのか、僕には最後まで分からなかった。
タツミのことはできれば忘れてしまいたかった。でもカナに名前を聞かれたとき、彼女の前ではどうしてもタツミのような人間を演じたかった。
結局、忘れられやしないのだ。
鐘の音が大きくなる。
そろそろ時間なんだろう。
帰ろうという気持ちと帰りたくないという気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって、本当はどう思っていたのか分からなくなってきた。
そんな僕の視界の端に、一人の男の子が見える。
――――タツミ?
ほとんど反射で口をついた名前に、男の子はこちらを振り返って笑った。
もう僕の中に戻りたい、という感情はなかった。
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