第11章

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第11章

「日下部さんが夜シフトって珍しいっすね」 某日。いづきが勤務するコンビニにて。バイトの女の子、目黒(めぐろ)がそう声をかけてきた。黒くて短めの髪をちょこんとポニーテールに結っていて、吊り目が特徴的な女の子だ。高校生一年生らしい。 「ああ、欠勤が出て代わりに出てるんだよ」 「電車あるんすか?」 「二十三時であがりだし、余裕であるよ?」 終電の心配をしてくれている目黒に対して、そう答える。目黒から返ってきたのは「ふーん」と、まるでどうでもよさそうな反応だった。 心配してくれてたんじゃないのか、といづきは苦笑を浮かべる。 「ま、いいや。帰り気をつけて。お疲れ様っす」 「お疲れ様。目黒さんも気をつけてね」 お互いぺこっと頭を下げる。目黒は制服のスカートをひらりと靡かせて、颯爽と帰っていった。 高校を卒業してからそんなに月日は経っていないはずなのだが、制服を見ると懐かしい気持ちになる。それと同時にふと妹のことを思いだした。 「学校でうまくやれてんのかな……」 「独り言やめろや」 「うわあ!?」 気がつけば真後ろに猫田がいた。今から一時間、猫田と二人きりのシフトだ。猫田は相変わらずぴりぴりとしたオーラを放っている。 「ぼーっとしてんなよ」という言葉だけを残し、事務所へと戻っていった。 そうだ、夜は客が少ない分やることも多い。退勤までにできることはやっておかないと。 「ラスト一時間頑張るぞー」 言われたそばから、また独り言を言ってしまった。 **** 退勤まで残り二十分。普段ならもうお風呂に入っている時間だ。いづきは猫田にばれないよう、小さくあくびをする。 それとほぼ同時に、店の自動扉が開いた。客の来店を知らせる軽快なメロディが流れる。 「いらっしゃいませー」 あくびをしたあとだからか、気の抜けた挨拶をしてしまった。それを誤魔化すように、いづきは無意味な咳払いをする。 そして来店してきた客をちらりと一瞥した。男性だ。こちらに向かって歩いてきている。なんだろう? たばこかな? いづきは接客する姿勢に入った。 「すみません。猫田さんいますか?」 「はい。……はい?」 男性の思わぬ問いかけに、いづきは首を傾げて聞きかえす。男性は「猫田さんいますか」と全く同じ言葉を繰りかえした。
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