754人が本棚に入れています
本棚に追加
/207ページ
第11章
「日下部さんが夜シフトって珍しいっすね」
某日。いづきが勤務するコンビニにて。バイトの女の子、目黒がそう声をかけてきた。黒くて短めの髪をちょこんとポニーテールに結っていて、吊り目が特徴的な女の子だ。高校生一年生らしい。
「ああ、欠勤が出て代わりに出てるんだよ」
「電車あるんすか?」
「二十三時であがりだし、余裕であるよ?」
終電の心配をしてくれている目黒に対して、そう答える。目黒から返ってきたのは「ふーん」と、まるでどうでもよさそうな反応だった。
心配してくれてたんじゃないのか、といづきは苦笑を浮かべる。
「ま、いいや。帰り気をつけて。お疲れ様っす」
「お疲れ様。目黒さんも気をつけてね」
お互いぺこっと頭を下げる。目黒は制服のスカートをひらりと靡かせて、颯爽と帰っていった。
高校を卒業してからそんなに月日は経っていないはずなのだが、制服を見ると懐かしい気持ちになる。それと同時にふと妹のことを思いだした。
「学校でうまくやれてんのかな……」
「独り言やめろや」
「うわあ!?」
気がつけば真後ろに猫田がいた。今から一時間、猫田と二人きりのシフトだ。猫田は相変わらずぴりぴりとしたオーラを放っている。
「ぼーっとしてんなよ」という言葉だけを残し、事務所へと戻っていった。
そうだ、夜は客が少ない分やることも多い。退勤までにできることはやっておかないと。
「ラスト一時間頑張るぞー」
言われたそばから、また独り言を言ってしまった。
****
退勤まで残り二十分。普段ならもうお風呂に入っている時間だ。いづきは猫田にばれないよう、小さくあくびをする。
それとほぼ同時に、店の自動扉が開いた。客の来店を知らせる軽快なメロディが流れる。
「いらっしゃいませー」
あくびをしたあとだからか、気の抜けた挨拶をしてしまった。それを誤魔化すように、いづきは無意味な咳払いをする。
そして来店してきた客をちらりと一瞥した。男性だ。こちらに向かって歩いてきている。なんだろう? たばこかな? いづきは接客する姿勢に入った。
「すみません。猫田さんいますか?」
「はい。……はい?」
男性の思わぬ問いかけに、いづきは首を傾げて聞きかえす。男性は「猫田さんいますか」と全く同じ言葉を繰りかえした。
最初のコメントを投稿しよう!