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一度唇にキスをしてしまったら歯止めがきかなくなってしまうかもしれない。きっとそのまま最後までしてしまう。それは避けたい。
いづきのことは大切にしたいし、なによりいづきが痛がることはしたくない。
そう、経験があるからわかる。受ける側は最初は死ぬほど痛いのだ。いづきじゃ耐えられないだろう。
そう考えるとなかなか手が出せないでいた。
いづきは寂しがってるかも……でも……という葛藤。
しかし焦ることでもない、とも思っていた。
「ねえ、なに考えてるの? さっきより怖い顔してるわよ」
「雨宮さんには関係ないよ」
「……ほんと可愛げのない人」
興味のない相手にかわいいところを見せてどうする。心の中でそう悪態をついた。
さて、焦ることでもないとは言ったがずっとこのままというわけにもいかない。
最初はプラトニックな関係でもいいかと思っていたけれど、好きな人とは愛を確かめあいたい。
お互いが傷つかない方法を探さなくては。
その日の講義の内容は、全くと言っていいほど頭に入らなかった。
****
「あ、店長。おはようございます」
お昼のピークが過ぎ、店内清掃をしていると私服姿の猫田が店に入ってきた。今日はいづきより遅い時間からの勤務のようだ。
猫田は「おう」と短い挨拶を返し事務所のほうへと向かっていった。
まだ距離を感じるなあ、と思いつついづきは清掃に励む。
「店長ね、冷たいなって思うでしょ?」
「え? ま、まあ」
バイトの子に声をかけられ、いづきは苦笑を浮かべながら頷いた。あまりはっきり肯定するのも失礼な気がしたので、曖昧な返事になってしまう。
「でもそういうわけじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
「あの人、なんか人見知りっぽくて。こっちから強気で声かけないとあんまり反応ないんだよね」
「……なるほど」
たしかに。言われてみれば昨日コーヒーを渡したときいつもと雰囲気が違ったような。
冷たいわけではなく、人見知り。そう考えると幾分気持ちが楽になった。
思わぬところから情報を得たので、いづきはバイトの子に感謝した。
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