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「ていうかあなたたち、もう教室に行ったほうがいいんじゃない?」
「あ、ああ。もうそんな時間か」
雨宮に言われ時計を確認する。雨宮の言ったとおり、そろそろ教室に向かわないとまずそうだ。
いづきは立ちあがって、砂埃がついているかもしれないお尻を手でぱんぱんと払った。
「平沢くん、次の講義って法社会学?」
「そうだけど。よく知ってるね」
「私も取ればよかったな。こっそり講義に参加しちゃおうかしら」
にやにやと笑いながら、悠太の顔を覗きこむ。
悠太は眉をひそめると雨宮の頭に手を当てて、軽くだが押しのけた。近づくなとでも言うように。
「選択してない講義を受けるのはだめなことくらい知ってるでしょ」
「当たり前よ。ほんの冗談だったのになにを怒ってるのかしら。ね、日下部くん」
こちらを見ていたいづきに同意を求める雨宮。ぼーっとしていたのか、いづきはぴくりと肩を揺らすと「あ、ああ」と微妙な反応を見せた。
その妙な様子から悠太は察してしまう。
「ほら、いづき。もう行くよ。じゃあね雨宮さん」
いづきの手を取り、足早に雨宮の前を去る。
その場に取りのこされた雨宮は「?」と小さく首を傾げた。
いづきの手を引いて歩いていると、ぱっと手を離される。振りはらわれたと言ってもいいだろう。
やっぱりか。ある程度覚悟していた悠太は振りかえっていづきを視線を移した。
「いづき、大丈夫?」
多分大丈夫ではない。きっと嫉妬しているに違いない。迂闊だった。油断していたとはいえ、いづきの前で女の子に触れるなんて。
いづきは俯いたままこちらを見ようともしない。
「さっきのは」
「悠太のばか!」
悠太の言いわけなど聞きたくなかったのか、それだけ言っていづきは走りさってしまった。
もちろん追いかけたい気持ちはあったが、時間がそれを許さない。単位を落とすわけにもいかないのだ。いづきもこのまま教室に向かうはず。
「……」
ばかと言われてしまった。ちくちくと胸が痛む。
反省しなくては。
悠太はどうしようもない感情をうちから吐きだすように、大きなため息をついた。
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