第11章

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「店長なら……」 ここまで口にして、はっとする。相手は名前も知らない謎の男。なにも確認せずに猫田がいることを伝えるのは、きっとよくないはずだ。 いづきはふうっと深呼吸して、男を見すえる。悠太よりも身長が高く、襟足まで伸びた髪。全体的に、優しくて穏やかな雰囲気を醸しだしている。 「すみません、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」 とりあえず最初に名前、そのあとに用件を聞きだそう。いづきは極力丁寧な対応を心がけて、男に問いかける。 名前を聞かれた男は「あ、そうか」と呟いたあと、小さく微笑む。 「犬山です。猫田さんとは大学時代からの仲なんだけど……ちょっと話したいことがあって」 こちらから聞くまえに用件まで話してくれた。しかし詳しい内容まではわからない。詮索していいものか、いづきには判断できなかった。 「いるなら伝えてもらえるかな? 俺がきたこと」 「あ……少しお待ちください」 見たところ悪い人ではなさそうだし、猫田に声をかけるだけかけてみよう。犬山に待ってもらうよう伝えて、事務所にいる猫田のもとへ向かう。 パソコンで作業をしていた猫田は、手を止めていづきに視線をやった。 「店長」 「んだよ、仕事の邪魔すんな」 ぴりぴりしている。こんな状態で話しても大丈夫か? そう思ったがここまできたら話さないわけにもいかない。 これ以上の悪態をつかれる覚悟でいづきは話を切りだす。 「犬山さんっていう人がきてて、店長と話したいそうです」 「……」 犬山という名前を発した瞬間、猫田の表情に変化が見られた。驚いたように目を見ひらいたかと思えば、すぐにいつもの仏頂面に戻った。 そしてただ一言、「帰らせろ」とだけ。 「え? いや、でも……」 「いいから。いないって言え。いるって言っちまったんなら手が離せないって伝えろ。あと二度とくんなともな」 「ええ……」 前半はともかく最後の言葉は言えるわけがない。しかたないオブラートに包むか、といづきは困ったようにため息をつきながら事務所を出る。 売り場に戻ると、犬山がこちらを見ていた。気のせいだろうか、なにか期待されているような。 「すみません、今忙しいみたいで。話せないそうです」 「……だよねえ」 ものすごく残念そうにしている。その姿はまるで震えた子犬のようだ。こんな相手に二度とくるなとは言えない。
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