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しかし現実は厳しいもので、実家を出るというのはお金がかかって大変だということを思いしった。親からの仕送りも少しはあるが、二人は時間がある日はアルバイトをしてそれぞれ収入を得ている。
「いづきは三限終わったらバイトだっけ?」
「うん。バイトも覚えることいっぱいで大変だよ。店長もなんか怖いし」
「いづきならすぐ慣れるよ」
そうかなあ、そういづきは口を尖らせた。昔から物覚えが悪くて鈍臭いのは自分でよくわかっていたから。高校の頃もそれでよく悠太や友人に迷惑をかけたものだ。
ふと高校時代のことを思いだし、卒業してまだ半年も経っていないというのになんだか懐かしい気持ちになった。
お弁当を食べながら二人で楽しく談笑していると、五十分もあったはずの休憩時間があっという間に終わりを迎えてしまう。この瞬間がどうにも寂しい。
「今日バイト休みだから夜ご飯作って待ってるよ」
「うん……」
「寂しいの?」
このやり取りも何回目だろう。バイトが終わって家に帰れば一緒に過ごせるのに。そう頭ではわかっていても離れたくない気持ちのほうが強かった。
いづきは強がって首を横に振る。
「僕は寂しいよ」
「え……」
「だから終わったらすぐ帰ってきてね」
にっと悪戯っ子のような笑みを見せる悠太。普段はポーカーフェイスでクールな男なのだが、こういうところがある。もちろんそこもいづきの心をくすぐるポイントのひとつだ。
いづきは恥ずかしそうに数回頷いた。
名残惜しい気持ちをなんとか捨てさって、いづきは次の講義が行われる教室へと向かった。
悠太も悠太で講義があるので、支度をして席を立つ。ちらちらとこちらを見てくる女子生徒らに目もくれず、食堂を後にする。
悠太の受ける講義は四階で行われるので、いつもエレベーターを使うことにしている。
すでにエレベーターの前には生徒が数人いて、みんな到着を待っているようだ。
ぽーんという機械的な音が鳴ってエレベーターの扉が開かれ、他の生徒につづいて悠太もそれに乗りこむ。ここでもやはり女子生徒の視線が突きささった。
異性から熱い視線を向けられるのにはもう慣れた。元々異性に興味がなかったし。ただひとつ困ることがある。
それは悠太が異性に好意を寄せられているのに気づいたいづきが、たまに機嫌を損ねてしまうこと。今日は大丈夫だったようだけれど。
こればかりはどうしようもないので、本当に困っている。
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