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終わったー!
十九時。退勤の時間だった。そう叫びたい気持ちをなんとか堪えて、軽くバンザイだけする。
代わりにこの時間帯に入るバイトの女の子にその様子を見られ、くすっと笑われてしまった。少し恥ずかしかったが、いづきは悟られぬようぎこちない笑みを浮かべながら事務所に戻っていく。
事務所にはなにやらパソコンと向きあっている猫田がいた。自分が出勤する前からいたのにまだ帰らないらしい。いや、もしかしたら帰ることができないのかも。
猫田が出勤している日はいつも遅くまで残っているイメージがあった。
「店長ってやることいっぱいなのよ」
「うわっ……ま、まあ店長ですからねえ」
バイトの子に後ろから声をかけられ驚いたが、慌てることなく返事をすることができた。このやりとりに猫田が突っかかってくるかと思ったが、こちらに気づいてすらいないようだった。
うーん、といづきは悩んだ結果……。
「店長!」
「うおおう!?」
さっきのバイトの子のように、後ろから元気いっぱい猫田に声をかけてみた。猫田は相当驚いたようでパソコンそっちのけで振りかえり、いづきを睨みつけている。
その眼光に、今度はいづきが驚く番だった。
「なんだてめえ、いきなり!」
「す、すみません! 驚かすつもりはあったんです!」
「あったのかよ!」
焦って言わなくてもいいことを言ってしまった。
まるで威嚇している猫のような猫田。名前が名前だけに紛らわしい。
いづきはこれ以上猫田の怒りのパラメータが上がってしまう前に、あるものを差しだした。
「店長、これ!」
「ああ? ……コーヒーがどうした」
いづきの手には微糖と表記された缶コーヒーが握られていた。それを押しつけるように猫田に渡す。
そう、これは差しいれ。これから先、店長である猫田に苦手意識を持ちながら仕事をするのは嫌だった。だから自分から歩みよることを決意したのだ。ここで悪態を突かれたら立ちなおれるか不安ではあるが。
「い、いつも遅くまでお疲れさまです。苦手じゃなければどうぞ」
「……なんだ、そりゃ」
「わっ」
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられる。
昔からそうだったけど、本当人に頭を撫でられることが多いなあ……。乱れた髪を整えながらいづきはそんなことを思った。
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