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「バイトが俺なんかに気使ってんじゃねーぞ」
「す、すみません」
「なんで謝んだよ。……ありがとな、頑張れるわ」
ぶっきらぼうな言い方ではあったが、どこか優しさを感じた。猫田の言葉の中から温もりを感じることができた。それに対しいづきは嬉しくなって、思わず口元が緩んでしまう。
パソコンに向きなおった猫田はいづきの笑みに気づくこともない。
猫田に一歩近づいて、猫田の中身を少し見れたおかげか心が軽い。
いづきは上機嫌でコンビニを後にした。
駅まで歩いて電車に乗って一駅、最寄りの駅から家まではそう遠くない。普通に歩いていれば三十分もしないうちに辿りつく。
街灯が少なく薄暗い道はいつまで経っても慣れそうにない。しかしここを抜けたらすぐに自分たちの暮らすアパートが見える。
極端におんぼろなわけでも綺麗なわけでもない、ごく普通の三階建てのアパート。いづきたちはそこの二階に住んでいる。軽快に階段を駆けあがり一番奥の部屋まで歩く。
鞄から取りだした鍵を使って玄関の扉を開けた。
扉を開けるとすぐ真横に台所があって、リビングが広がっている。その奥に寝室として使用している部屋がひとつ。決して広いとは言えないが二人で暮らすには十分だった。
「おかえり、いづき」
「悠太! ただいまー」
靴を脱ぐなり出迎えてくれた悠太に勢いよく飛びついた。悠太はそれを優しく受けとめる。
なんて幸せな時間なのだろう。ずっとこうしていたい。しかしそういうわけにもいかない。
食欲のそそるにおいが鼻をくすぐったからだ。
「このにおいは……ハヤシライスだ!」
「よくわかったね」
「ハヤシライス大好き!」
喜びかたがまるで子供だ。いづきの精神年齢は小学生で止まっているのかと疑うほど。いや、馬鹿にしているわけではない。
いづきを座らせて食事の支度を始める悠太。
自分と付きあいはじめてからいづきは子供っぽくなった気がする。それがいいのか悪いのかはよくわからないが、ひとつだけはっきりしていることがあった。
それはいづきが「かわいい」ということ。かわいければもうなんでもいい。いづきだから許される。
悠太は最早いづきなしでは生きられない体になってしまっていた。
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