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第2章
ある日のこと。退勤時刻になったいづきは事務所で着替えていた。着替えといってもシャツの上から制服を着ていただけなので、ただ脱ぐだけという安易なものだ。
横で猫田がデスクワークをしている。シフトを作成しているらしい。
「店長って彼女いるんですか?」
仕事中申し訳ないなと思いながらも、気になっていたことを聞いてみた。きっと以前なら怖くて聞けなかったが、今ではへっちゃらだった。
猫田は作業中の手を止めて「はあ?」と眉間にしわを寄せた。
……そういう顔をされるとやっぱり怖い。いづきは一瞬怯みそうになったが、引くことはしなかった。
「はい! いますか?」
「……彼女なんていねえよ。くだらねえ」
なんて毒を吐いている。
たしかに猫田が恋人と仲良くしているのを想像すると違和感しかない。ほとんどの時間ここにいるらしいし、恐らく仕事が恋人といったところだろうか。
「へえ」
「なんだよ。恋人でもできたのか?」
「あ、いや……できたっていうか、いるんですよ。えっと、恋人」
「あー爆発してくんねえかな」
悠太の姿を思いうかべ照れながら恋人がいると答えたら、返ってきた猫田の反応。まさか爆発しろと言われるとは思っていなかったので、「えっ」と驚いたような声をあげてしまう。
「幸せそうなカップル見てると燃やしたくなるんだよな」
「こわ! 怖いですよ店長!」
「つーか恋人自慢のために質問してきたのか、てめえ。結構性格悪いな」
「店長には言われたくないです」
ずばっと返してしまう。言いすぎたかな? と思ったが、思っていたより……というか全然噛みついてこなかった。その代わりむすっとした表情でこちらを見ている。
誤解されっぱなしも嫌なので、いづきは「自慢じゃないですよ」と切りだし話をつづける。
「恋人がいるならアドバイスもらおうと思ったんです」
「なんだそりゃ。うまくいってないのかよ」
「いや、むしろらぶらぶなんですけど……って! なんでそんな目で睨むんですか!」
怖い目つきというよりは、陰湿な目つきだった。なぜそこまで腹を立てるのか。
「……店長は一度もお付きあいしたことないんですか?」
「んなわけあるか。俺だっていい大人だぞ」
「そうですか」
てっきり恋人ができたことないから腹を立てているものだと思った。そうじゃないなら他にどんな理由があるというのか。あまり深く聞いても怒られそうなので、それ以上は突っこまないことにした。
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