一話 依頼人:一条レイナ

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一話 依頼人:一条レイナ

かさかさ、と草の擦れる音がした。足場の悪い中を、悪戦苦闘しながらも何とか歩を進める。髪の毛が顔に掛かって鬱陶しかった。 「あーくそっ、何なんだ此処……」 俺は今、大学入学を機にして、親の伝で面接を受けさせられて、まあどうにか採用された、アルバイト先を訪問しようとしている。のだけど。 (まさかこんな障害があったとは……) 指定された住所に到着すると、其処は草は生えまくりだわその奥の建物の外観は廃墟にしか見えないわとまあ何とも酷い有り様で、とにかく唖然とした。 え……本気で此処…?つーか今も使われてるのあれ……?俺来る場所間違えた?と思っていると、ふと門の脇に付けられたプレート――これもやっぱり外れかけていた――が目に入って、近くに寄ってそれを詳しく確認してみる事にした。場所名が合っていれば、凄まじく気が乗らないが、これが今後のバイト先と言う事なんだろう。 そんなこんなで、今は獣道ならぬ人間道を作りつつ、学校前によくありそうなタイプの門へ向かっていた。 (………業務内容とか嘘じゃないだろうな…) 聞いていたのは“研究所内の清掃等、その他雑用”だった。 面接をしてくれた女の人は、とても美人で、優しい人だった。だから疑いたくなんてない!ないんだ!!……けど。しかし。でも。こんなにも廃れていると言う事は、表沙汰に出来ない、仕事だったり、して……? 「…い、いざとなれば全力で逃げよう…」 考えてしまってから本当に当たっている気がして、気を紛らわせる為に首を振る。 そうこうしている内に何時の間にか校門(仮)の前に立っていた。溜め息を吐いてから、俺は鞄の中のメモを取り出して、四隅の内一箇所だけが辛うじて螺子で留まっているプレートに書かれた文字が、同じかどうかを確認した。 結果は……まあ、予想通りと言うか何と言うか…、何度見返しても、一字一句、違わない。 げんなりしながら、これまた予想通り無駄に重い門を、両手で横に引いた。 近くで見ると、くすんだ白の建物の入口は、あのやたら大きな門とは対照的に、普通の家のドアみたいな……いやそれよりも質素な印象を受ける、銀一色の扉だった。俺が入口に立っている棟以外にも、高さがそれぞれ少し違うだけの、遠目からだと何もかも全て同じに見えそうな長方形が、不規則に並んでいた。 先方のミスか、端から分かるだろうと思われていたのか、俺はその内の何処に行けば良いのか教えてられていなかった。が、今目の前に見えるノブ以外には全て“立入禁止”のプレートが掛けられていたので、多分場所は間違っていない筈だ。 アルミニウムの扉を数度叩いたけれど、応答はない。試しにノブを回すと、がちゃり、と呆気なく開いた。 「…あの~?」 何故かひんやり冷えているその空間に、人影は無かった。部屋の真ん中には床に直接埋まっている長方形の白いテーブルが居座っていて、それを挟んだ真正面には、奥の部屋へ続くドアがある。そしてその右には階段があり、緩く螺旋を描いて2階へ続いていた。 …奥の扉の向こうか、或いは2階に居るのか。 どっちを当たろうかと考えてぼんやりと突 っ立って居たら、背後から声がした。 「あれ、お客様ですか?」 振り向くと…えらいイケメンがそこに居た。青みがかった黒髪をした、俺と同じ歳位であろう男子が、紙袋を右腕に抱えて微笑んでいる。 ま、まさかの外だった……! 「…い、いや、俺バイトです。話行ってますよね?」 そう言うと、イケメンはああ、と納得した顔をした。……うわ駄目だ、この人の顔あんま見てると生きてる事が申し訳なるもしくは整い過ぎてて腹立つ、イラッと…す……! 「…林堂(りんどう)抹彦(まつひこ)君だね?」 「あ、はい」 「初めまして。僕は絃七夜乙(いとなよいち)と言います」 「はい」 「ええと、癖のある職場だから迷惑掛ける事も有ると思うけど、末永く御贔屓にして頂けると嬉しいな」 「は、はい宜しくお願いします」 …癖の有る……? やっぱり違法行為的な物が…… 考える俺を余所に、夜乙さんは奥の扉に向かって、机の脇を抜けて歩きだした。 「じゃあ、もう一人居るから紹介しておくよ―――空燥(あそう)!」 夜乙さんが扉の向こうに声を投げると、緩慢に扉が開いた。 「――何の用だ夜乙……」 出て来たのは、緑色の派手な髪をツンツンに立てて、顔の半分以上を覆う瓶底眼鏡を掛けたこれまた男だった。……あれ……? 「…えーと、夜乙さん」 「ん?」 「後はこの人だけですか?」 「うん、そうだよ」 「…あの面接の時の女の人って……」 「ああ、彼女は此処の職員では無いんだ」 「……え゙」 「おい夜乙。何だ其奴」 あの綺麗な女の人居ないの……?! 落胆する俺を余所に、夜乙さんは紹介を始める。 「前に言ったろう、バイトの子だよ。 ――抹彦君、こっちは空燥。藤楽(とうらく)空燥だ」 「あ、どーも」 「…ふーん」 それだけ言うと、緑の髪の人――空燥さんはまたドアの向こうに戻った。……か、感じ悪ぃな……!! 「ごめんね。根は悪い子じゃないから、許してあげて」 「……はあ………ところで、あの、」 「?」 そろそろ聞かなければ。…何よりも気になっていた事。 「……此処って研究施設だって聞いたんですけど…何を研究してるんですか?」 「ああ、研究と製造を兼ねているんだけれど……人を造ってるんだ」 「…はい?」 「だから、人間を造っているんだよ」 「ああ人間ですね……人間………はい?!」 「うん」 「………………」 神様、どうやら俺は、何だか色々と大変な職場に来ちゃったようです。
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