一話 依頼人:一条レイナ

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「……それで?その造って欲しい女ってのは」 応接間――立入禁止が掛けてある建物の内の一つの、一階がそれだった――に男性を通して、彼の向かいに座る空燥さんが尋ねた。…つーか入って良いのかよ此処。しかも珈琲作れって言われたからカップ探したけどそもそも置いてなくて、ああ其処の紙コップでお願いとか言われるし。仕事のお客さんに出すやつそれで良いのかよ、この人等どんだけ懶なんだ。珈琲を持って来た足のまま、何故か「一応お前も居ろ」と言われてしまったので、椅子に座る空燥さんと夜乙さんの後ろにぼーっと立ちながら、そんな事を考えていると、目の前の男性(確か宇佐美(うさみ)さんと名乗っていた)は、目を剥く様な爆弾発言をした。 「――はい――皆様方は、一条(いちじょう)レイナは御存知ですか」 「…まあ、名前と顔位はな。其奴を造れってのか」 「はい」 「――えぇ?!」 「……?…申し訳ありません、僕は……。どなたなんでしょうか」 「えええぇ?!」 「五月蝿い」 もう何処から驚けば良いのか分からない。何で一条レイナ造るの、何で夜乙さん知らないの。 「よっ…夜乙さん、知らないんですか?!歌手ですよ歌手!!凄い有名な!あんだけテレビ出てんのに!!」 「――そうなんだ。ごめん、僕テレビとか観ないから……。宇佐美さんも、済みません」 「いえ…構いません」 「それより、どういう事だ?俺等は生きてる人間の複製は、本人が直接来た上での委託じゃねぇと造らない。それを知らずに来た訳は無いだろ」 空燥さんはレンズの奥の目を細めた。人相の悪さが2割増しだ。 「…お察しの通り。……彼女は亡くなりました。まだ公表はしておりませんが」 「…………はいぃ?!」 何だろう、こんな短期間で何度も吃驚し過ぎて、そろそろ発作でも起きて死ぬんじゃないだろうか。 「っせぇな、お前ちょっと黙ってろ!!」 ゴン! …空燥さんに殴られた。態々立ち上がってまで。取り敢えず心臓が止まる前に、細胞が何個か死んだ。言われた通りに黙るだけは癪なんで、座り直した空燥さんの後頭部を睨んでおく事にする。 落ち着いた所で、俺らのやり取りを静観していた宇佐美さんが話を再開した。 「……しかし、明後日には彼女のライブが控えております」 「……その為だけに、か?」 訝し気に空燥さんが尋ねる。それはそうだろう。そりゃあ中止すれば起こる問題も多いとは思うけど、だからと言ってここまでして……。 「はい。……彼女にとって、明後日のライブは特別なものでしたから。…彼女の遺志でもありますし、私はマネージャーとして、成功させてやりたいんです。……そんな事よりも。此方が、彼女の生前に別の研究所にて採って頂いたデータと、紹介状、―――それと国の許可書です」 言って、宇佐美さんはテーブルの上に何枚もの、文字がびっしり書き込まれた紙と、こっちは2、3行だけの厚手の紙二枚、後はCDらしきものを置いた。 「本来なら今回も同じ所にお願いするべきだったのでしょうが……もうそちらは閉業なさってまして。この書類もその際に送って頂いたものです」 “そろそろ廃業かもね”――― 夜乙さんの言葉を思い出した。……結構現実味のある話だったんだな。 「……そういう事なら、分かった」 「有り難う御座います」 「では、書類を確認させて頂きます」 夜乙さんは、自分の方に引き寄せた書類に目を通す。文字量に見合わない早さで、彼は顔を上げた。 「…はい、確かに。……お会いになれるのは明日になりますが、宜しいですか?」 「ええ、大丈夫です。――――では、本日と同じ時間に又此方へ伺わせて頂きます」 言い残して、宇佐美さんは帰って行った。 扉が閉まるのと同時に、まず夜乙さんが立ち上がった。 「それじゃあ、“下地”は僕が作るけど、空燥、」 「わーってるよ。今回は女だからな」 女だったらどうだって言うんだろう……いや待て、それ以前に今“下地”っつったよな……? そんな疑問が表情に出ていたんだろう。夜乙さんが俺の顔を見て苦笑気味に「ごめんね」と口にした。
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