序章

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 その日、季節外れの猛吹雪が街中を襲った。誰もが体感的にホッと一息ついたばかりの春の陽光を遮るようにして降り始めた大雪は、あっという間に降り積もり街を冬景色へと変えた。  スタッドレスタイヤからノーマルタイヤへ交換した気が早い運転手が前のめりでハンドルをがっしりと握り締め、のろのろと徐行運転に近い速度で二車線に変貌した海岸通りを進む。当然ながら、その後ろには何十台もの車が連なり渋滞を作っていた。歩道を歩く観光目当ての外国人の集団は薄手のカーディガンやジャケットで頭を隠して慌てて出てきたばかりの駅舎やホテルへ舞い戻っていく。電車は止まり、いつ終わるのかしれない遅延と運休のお知らせとクレームをつける乗降客への対応、さらには線路の雪跳ねに追われた。  あともう少し。もう少しで家なんだ。焦る気持ちを押さえつけ、いつ起こるともしれないスリップに注意を払いながらひたすら視界の悪い道路を走らせる。タイヤと同時に夏用に代えてしまったワイパーは、引っ付く雪に対処しきれずにゴムがチーズのように裂けてしまっていた。  くそ。こんな天気予報聞いてないぞ。少なくとも今日は快晴だったはず。いくら最近の気象の乱れが激しいとしても、急にこんな吹雪くなんて。「この時期は大変込み合うので早めのタイヤ交換をオススメします」ーー店員が言った言葉にすら苛立ちを覚えてしまう。 「よし」  気持ちを落ち着かせようとカーオーディオのボリュームを上げたのが悪かった。ほんの少し目を離した隙に耳をつんざくようなクラクションの音が響き渡り、ライトの光に目が眩む。叫び声を上げる間もなく大型トラックが飛び込んできた。  いつまでも鳴り続けるクラクションの音が、虚しく街中に響いていくーー。  その混乱を面白がるかのように街を見下ろす山のさらにはるか上空から、雪はこんこんと降りしきる。道路に家屋に電柱にーーまるで街全部を深い雪山のようにすっぽりと白く覆い尽くそうとするかのようだった。  時が止まったように静寂が沁みる全てが凍り付いた山奥で、嘲笑うかのような低い呻き声が確かに聞こえた。
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