俺にだって、ヒミツくらい、ある。

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 ある者は袖口と膨らんだスカートの裾から豪奢なレースが覗く黒尽くめのスタイル。ある者は怪しげなキャラクターTシャツにくたびれたジーンズ、もちろんバッグは斜めがけ。そうかと思えば、如何にも何処ぞのご令嬢風と、姉たちとその取り巻きは、とてもではないが同じ集団に属する仲間同士とは思えない出で立ちだった。  彼らの挙動も異様で、昼となく夜となく、全員が姉たちの部屋へ閉じ籠もる。飲食物も内線で指示し部屋へ運ばせ、食事時にすら出ても来ない。  ごくたまに顔を合わせれば、俺に意味不明な視線を投げつけ、指を指し、意味不明な言葉を発する。操る言語すら意味不明という、まったくもって薄気味の悪いことこの上ない女どもなのだ。  その中で唯一、結衣だけは、違った。  風に靡く艶々ストレートヘア。  柔らかな色合いのふんわりトップスに翻るスカート。  鈴を転がすような軽やかな笑い声。  時折俺に向けられる、はにかんだ微笑み。  かわいい。  結衣の可憐さが、純情な俺の目を惹き付けたのは、無理もない話だと思う。  垣根を彩る牡丹の花は、結衣の可憐な姿を思い起こさせ、一晩中雨戸に打ち付ける激しい雨風の音は結衣の軽やかな足音のよう。  庭の片隅にある鶏小屋の雄鶏が夜明け前にけたたましく鳴く声すら、結衣の軽やかな笑い声に聞こえ、と、俺の世界は、結衣一色に染まっていった。  さて。  姉たちに隠し事ができない俺の末路も、推して知るべしという具合ではあったが、それは割愛。  いつも従順な俺だって、一応は男の端くれ。故に、ただただ指をくわえて結衣を眺めているだけでいられるわけがない。  なにはともあれそこから先は、地道な努力あるのみ。結衣より三歳年下の従順な弟キャラから一人前の男として結衣の隣に並び立つ。それがあの頃、俺の人生のすべてだった。  現代は情報化社会である。  インターネット上に無数に転がっている恋愛のハウツーを書き連ねたコラムやら個人ホームページを熟読し、さらに姉たちの買収にも成功。  その方法に至っては、思い出したくもないが——兎に角、結衣の興味や思考の情報を得るだけではなく、携帯電話の番号をもしっかり入手。事前準備は抜かりなく行った。  恋愛の恥は掻き捨て。どうせ知られているのだし、重要なのは目的の達成だ。俺の存在を結衣にアピールしてもらうよう、面白がっている姉たちに恥を忍んでの協力要請も忘れていない。もちろん、姉たちに提示された交換条件はすべて、涙を呑んで受け入れた。  しみじみ思う。初めての恋は当然の如くすべてが手探り。筆舌に尽くし難い苦しい道程であった、と。  そしてついに、結衣が俺の手に落ちるときがやって来た。  努力のし甲斐があったというもの。俺にもやっと一人前の男としての本懐を遂げるチャンスが、巡ってきたのだ。   *
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