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大きなため息をついて終わったあの日の恐怖体験は、十年以上の時を超えたいまでも鮮やかに思い出せる。
あれは、紛れもなく、結衣の心の声だった。
異常現象に混乱し、完遂できず萎えた衝撃に凹み。はじめてだから仕方ないよ気にしないでまた次に頑張ろうね、との、結衣の慰めに、傷を抉られ。
中途半端に放置された結衣を気遣うことすらできなかった——必要があったのかどうかは、べつとして。
嘘だと思った。自分の身に起きたことが信じられなかった。泣き縋る結衣と逃げるように別れ、あのどん底から立ち直るのに数年もの月日を要した。
ようやく気を取り直し、新たな相手を得ようと努力をしてはみたが、結果は同じどころか恥の上塗りばかり。さらには、御曹司捕獲を目論む肉食女どもの下心の凄まじさを、身をもって知る嵌めに。
頭の中を、諦めが支配する。
甘い言葉の裏側は、野心、欲望、謀略が渦巻いていただけだなんて、知りたくなかった。そんなもの知る必要だってないだろう。それなのに。
身体を繋げた瞬間から、俺の頭の中が女の心の声でいっぱいになる。
俺は、呪われている。俺は——。
「いってえ!」
スッパーンと、小気味好い音がして、目から火花が散った。
「おまえ、なにこの世の終わりみたいな顔してんだ?」
向かいの一人掛けソファへどっかりと腰を下ろした祐司が、左手に持ったファイルの当たり具合を右手の平でぺしぺしと音を立てて確認しつつ、楽しげに笑う。
「……おまえには関係無い。放っといてくれ」
ファイルで殴られた頭頂を手のひらで慰めながら口を尖らせる。
「放っておけって、そりゃないだろう? おまえさ、ついに相沢丸め込みに成功して気分はこの世の春なんじゃないのか? それなのにどうしたんだよそんなシケたツラして」
「べつに……」
「なんだよ? 言えよ? 悩み事だったら任せろ! お兄ちゃんが相談に乗っちゃう——うぐっ?」
だーれがお兄ちゃんだと?
俺が抱えていたクッションは、ぼすっと小気味好い音を立てて、祐司の顔にめり込んでいた。
他人に聞かれたら、地位も名誉も金もある三十二歳の男の会話かと呆れられるだろうが、これは、幼い頃から気心の知れた俺たちの日常的交流方式だ。
ポンポンとクッションを叩き感触を確かめてから、徐に抱き締め顎を乗せた祐司が、俺に無理難題を課す。
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