俺にだって、ヒミツくらい、ある。

8/8
3804人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
「相手は相沢だろ。野生動物懐かせようってわけじゃないんだから、好い加減腹くくれば? あとはもう勢いで押し倒すだけじゃん?」 「……おまえじゃあるまいし」 「ひでぇなおまえ。俺のことなんだと思ってるの? まあ、なんでもいいけど」 「俺だってわかってるさ。押し倒して済むんだったらとっくにやってる。だけど、そう簡単にはいかないだろ……」  頭を抱える俺に、さらなる追い打ちがかかる。 「そうかな? 押し倒すだけだろ? そんなに難しいか?」 「……簡単に言うなよ。強引に押し倒して万が一嫌われたらどうするんだよ?」 「嫌われる? いまさら? 要、おまえさぁ、相沢の性格わかってるだろ? おまえのそのいつもの『ザ・必殺! 泣き落とし』で、寝技に持ち込めよ? 押しに弱い相沢なんて一発KOだろうが」 「泣き落としで寝技って……どんな技だよそれ。他人(ひと)のことだからって面白がりやがって」 「他人ごと(・・・・)? そんなわけないだろ? 大事な大事な従兄弟兼大親友が女神と崇め奉る相沢優香を落とせるかどうかの瀬戸際だよ? 一世一代の大勝負だよ? 真面目も真面目、大真面目に決まってるじゃないか」  楽しそうだな。  尤も、こいつは俺の本当の悩みを知らないから、お気楽なのは仕方がない。  祐司の言うとおり、泣き落として押し倒してそれで済むなら、とっくの昔に実行している。それで済まないから悩んでいるのだ。  相沢優香との付き合いは、四年近い。この間、秘書として常に傍らに置き、具に観察してきた。故に、人となりも性格も、長所も欠点も嗜好も癖も毎日の生活パターンも何もかも、把握しているつもりではある。  だがそれも所詮、表面的なものであって、すべてではない。  表で見える限り、相沢には他の女どものような野心も身に過ぎた欲望も無いのも、わかっている。だが、相沢だって女だ。女である以上、本心を包み隠す術は心得ているだろう。  俺に対する態度は一見、好意的には見えるが、その心の内でなにを考えているのか、本当のところまではわからない。  押し倒すのはたしかに、手っ取り早く本心を探る一番の方策では、ある、が。  うまくいけばそれに越したことはない。だが最悪の場合、その場で長年の努力が水の泡と化すわけで。  さらに、最も重要な問題がひとつ。  果たして俺は——ヤレる(・・・)のか?  やはり無理は禁物。ここは無難にコトを進めるべきだろう。 「ねえ、要。イイコト思いついちゃった! 俺って天才」 「うん?」 「いいから! 俺に任せとけって」  祐司のこの表情は、悪巧みをしているときのそれだ。  思い立つが吉日。こうと決めたら最後とことん突き進むこいつにいま、なにを言っても馬耳東風。  せめて相沢を怒らせるのだけは勘弁してくれ、と、心の中で呟いた。   *
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!