いくらわたしだって、そんなに容易くはない。

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 極上の薔薇の香りに包まれて髪と身体を洗い、ブクブクと泡の立つ湯船に浸かる。身体を沈めるのはこれぞ贅沢の極み、大人ふたりがゆったりと向き合い——詰めれば大人四人イケるのか、の、巨大なジャグジーバス、だ。 「きもちいいぃ……」  なんて贅沢なのでしょう。  ほぅ、と、今日何度目かのため息をついた。  だがしかしいまは、ブクブクと泡立つ水流マッサージの心地よさに浸り現実逃避をしている場合ではなかった。  ここへ来てはじめて知ったのだが、この部屋はなんと、2LDK。わたしのワンルームの部屋が幾つ入るんだと空しくなるダイニングを兼ねたリビングルーム以外に、部屋の中央に巨大なベッドが鎮座する広いベッドルームと、最早衣装部屋としか呼べない広さのウォーキングクローゼット。そして、用途不明な機材と書籍が山積みにされている書斎に、水回りのみ。  大事なことは二度言う。百七十平米相当の豪華なマンションのくせに、間取りはたった! 2LDKなのだ。  つまるところわたしはには個室無し。当然プライバシーも無し。仕事だけではなく生活や楽しみまでをも奪われ、すべて専務中心に世界が回る。  こんなことが許されてよいものだろうか。いや、許せん。  湯上がりの湿った身体を極上のタオルで拭いながら、淡く香る薔薇の残り香を吸い込みまた、ため息をつく。    手回しがよいというべきか、悪辣というべきか。専務とその秘書は、わたしの私物をすべてここに運び込んだだけではなく、アパートの解約まで済ませている。  帰りたい。けれど、帰る家が、もうない。  だからいまは諦めて、おとなしく従う振りをしつつ、戻り道ではなく、行く道を模索するしか他に方法はないのだが、さらにもうひとつ。  貞操の危機、という大問題がわたしの目の前に立ちはだかっているのだ。  婚約だのなんだのなんてくだらない話は、この際横へ置いておいて。わたしを自分のテリトリーである2LDKに引きずり込んだのはもちろん、あっちの処理要員との下心もあるに決まっている。ましてや、あのふたりがコソコソと進めた計画だ。無いわけがない。  世間で言うところのちんくしゃ眼鏡ブスに手を付けようなんて、専務も物好きだ。きれいどころに不自由する身でもあるまいし、まったく気が知れない。  わたしがこの世に生を受けて二十五年、一切の経験もなく今日という日を迎えてしまったのは、後生大事に貞操を守り通してきたからではなく、単に、機会に恵まれなかっただけ。  肉体、精神共に健全な大人の女性なのだから、冥土の土産に一回くらい経験してみたいな、との欲望ももちろんある。  相手が専務——中身はアレだが女なら誰もが狙い定める麗しき御曹司さまときたら、相手にとって不足はないし。  けれども。  簡単にヤラレてしまうのも癪に障る。
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