いくらわたしだって、そんなに容易くはない。

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 頭からタオルをかぶり、ゴシゴシと頭を拭きながら、洗面台の脇に置いた眼鏡をかける。  そこにあるはずの脱いだ衣服と着替えが消え失せているのが、クリアになった視界に写った。  代わりに置かれていたのは、真っ白なふかふかバスローブと、如何にもこれぞ高級シルクジョーゼットだ、と、自己主張している薄いひらひらしたなにか(・・・)。  手触りを楽しみつつ、びろーんと広げてみる。 「……悪趣味」  ——う゛ぁっかじゃないの? こんな短いスケスケをわたしに着せようだなんて。  さりとて他に着るものもなし。  ざっと丸めて元の場所へ戻し、一糸纏えぬ(・・)素肌をバスローブで包んだ。  話し合いの末、今日のところは巨大なベッドを確保できたのであとは寝るだけなのだが、のぼせ気味の身体が水分を欲している。この出で立ちでヤツと顔を合わせたくはないが、仕方がない。覚悟を決めてキッチンへの引き戸を開けた。  足音を忍ばせ滑り込む。ミネラルウォーターを取り出す際の冷蔵庫の灯りにも開閉音にも反応がない。もしかして、専務はいないのかしら、と、リビングを見渡せば、広々としたソファの上で、肘掛けを枕に大きな身体を窮屈そうに丸めている姿が、間接照明の淡い光の中に映し出された。  ミネラルウォーターを口に含みながら近づき、カーペットの上に腰を下ろした。目の前で披露される規則正しい寝息。夢でも見ているのだろうか。時折、眉間にうっすら皺を寄せ、濃く長いまつげが揺れる。 「よく寝てるわ……」  寝ているとき()、案外かわいい顔をしているのよね。  額にかかる前髪にそっと指先で触れてみれば、まだほんのりと湿気を帯びていた。 「ん?」  ——酒臭い?  サイドテーブルに置かれた赤紫色の液体で満たされたワイングラスが目に入る。そのうちのひとつは、半分ほどに減っていた。  これは——。  わたしの推理が外れていなければつまり、風呂上がり、バスローブ一枚羽織って恥ずかしげにやってきたわたしに「同棲初日を祝って」とかなんとか理由をくっつけて酒を勧め、酔わせてあわよくばその先も——。なるほど窓の外の灯りが映える室内の暗さもムード作りというわけか。  液体で満たされたほうのグラスを手に取り、匂いを嗅ぎひとくち舐める。やはりそう。これはグレープジュース。  才子才に倒れるとはまさにこのこと。  自分で用意したくせにグラスを間違えてワインに飲まれるなんて、愚の骨頂よね。  ソファに乗せきらず床に下ろされていた脛を、スリッパを履いたつま先で蹴り上げた。 「う……んぅ」  蹴られた痛みで目を覚ますかと思ったが、酒精に打ち勝つことはできないらしい。むにゃむにゃ寝言を唱えつつ身体の向きを変える。片足をソファの上に立てた拍子に、纏っていたバスローブがはだけ、中身が覗いた。 「……!……」  ——履いていない。  あわよくばどころか初日から早速やる気満々じゃないですか。  ふーん。  あなたがそのつもりなら、わたしにも考えが、あります。   *
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