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「まあねぇ、あいつ、なんにもしないからなぁ」
「モノには限度ってモノがあります」
「アレに限度を求めてもねぇ」
「……」
仰せのとおり。ではありますが。
専務サマは、ホテルルームの備品や設備、レストランやカフェ、バーでのインテリアから料理ドリンクに至るまで、なぜそこまでと思うほど気が回り、サービスを提供する側と受ける側、双方の観点から細やかな指示を出す。
自分の身の回りのことには無頓着で、すべて他人任せなくせに。仕事と生活はまるっきりの別モノだとでもいうのだろうか? わたしには理解不能だ。
その理解不能な異星人ともいえる相手と同居生活をせねばならないわけで。
ひとつ、またひとつ、と、扉を開ける度に新たな難題を発見し頭を抱え対策を講じるのが現在、わたしの最大の課題であり、足りない生活必需品を手に入れるべく出向いた百均で、サボテンやぞうさんに現を抜かしている暇なんぞ、じつはなかったりする。
まったくもって、面倒くさい。
「まあそれはどうでもいいんだけどさ……」
「どうでもよくありません」
「いやだからさ、あっちのほうはどうなのよ? もうヤッた?」
「ヤッ……!?」
しまった。あまりの直球でうっかり言葉に詰まり目を泳がせてしまった。
さらにニヤリと笑われ、思わずその黒さに怯んでしまう。
あれは——あれは、ちがう。お仕置きだもの。ぜったい違う。断言しよう。やっていない。
「こっ、今回の同居だっていつもと同じく女避けに利用されてるだけですよ? それなのに、やっ、ヤルわけないじゃないですか? だいたい……なんでそんな卑猥なことわたしに訊くんですか? 訊きたかったら専務に訊いてくださいよ」
——あ? いや、専務に訊けなんて言ったらまるで、ヤリましたって聞こえてしまうような?
違う。わたしが狼狽える必要なんてない、はず。
専務がわたしを手元に置いて離さない理由は、寄ってくる女たちを蹴散らすために都合がいいからで、婚約も同居も仕事の一環みたいなものだ。
佐伯さんだって百も承知のことだし、わたしだってちゃんと自分の役割を理解している。
専務とわたしは単なる上司と部下であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
……でも、それだったらなぜ?
単なる上司であるはずの専務のアレを素手で撫で繰り回し弄び、あんなコトやこんなコトをして、さらにあんなお仕置きまでしてしまったのだろう。
その上驚くことにわたしは、生まれて初めてナマで見た大人の男のアレ——恋人でもない赤の他人の専務のアレに嫌悪感を抱くどころか、かわいいとまで思ってしまった。
そりゃあ、先にアヤシイ計略を仕掛けてきたのは専務のほうだから、自分が悪いなんてこれっぽっちも思ってはいないけれど——と、ここまで考えてふと気づく。
単なる上司である専務しかも異性と同居すること自体が、異常事態ではないのか。
そもそも、なぜわたしはいついかなる場合でも、専務を受け入れてしまうのだろうか。
まことに不可思議な現象である。
うーん、解せぬ。
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