わたしには、ヒミツが、ある。

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 相沢優香(あいざわゆうか)、二十五歳、独身。家族構成は、父、母、姉、妹。  父は大手保険会社勤めの転勤族。最終的に地方支店で中間管理職止まりとなった平凡なサラリーマン。母は昨今珍しい専業主婦。  会社が一番の父と家庭第一の母の間に、二番目の娘として生まれたわたしは、父、母、姉から、お人形のようにかわいがられ甘やかされて育った。だがそれも、ホンモノのお人形姫である妹が生まれる二歳までの話。  その後の転落模様は言わずもがな。上から見ても下から見ても僕という不利なポジションへクラスチェンジ。三姉妹の真ん中次女の宿命とはいえ、当人はもちろんのこと、家族の誰の記憶にも記録にもほぼ残っていない可もなく不可もない幼児期を過ごした。  誰の期待も受けていないわたしは、私学のかわいらしい制服に身を包んだ姉の背を睨みつつ、小学校、中学校ともに地元の公立学校へ。高等学校も間口の広い地元。クラスのほぼ半数と一緒に進み、クラスのほぼ半数と一緒にありふれた高校生活を送った。  流されるまま予備校へ通い、進路指導のとおりに可能な範囲——お金のかからない公立限定との条件を付けられたが引っかかったのはちょっと遠方の大学。両親を拝み倒し祖父母の支援を得、実家を出た。  これだけであれば、ごく普通の家庭で育ったどこにでもいる少女の成長過程であろう。だが。  あれは、遠い昔。  たとえ幼稚園児であっても、招き招かれるお付き合いは必然。気まぐれな姉の援護射撃が功を奏し猫の額ほどの庭先でやっと開催できた、わたしの五歳のお誕生会でのひとこまだった。 「ケンちゃんは、あさこちゃんとケッコンするんだよ」  プロポーズをされたと自慢げに浅子ちゃんが胸を張る。 「ちがうよ。ケンちゃんは、あさこちゃんとケッコンしないもん」 「ゆうかちゃん、なんでそんないじわるいうの?」  意地悪を言っているつもりはさらさらないわたしは当然の如く言い返した。 「いじわるちがうもん。ほんとうだもん。ケンちゃんはうちのおねえちゃんとケッコンするんだもん」 「ゆうかちゃんのうそつき。あさこちゃんときいたもん! ケンちゃんはあさこがすきだっていったもん!」  激高した浅子ちゃんの矛先は、すぐ後ろでトノサマバッタを追いかけていたケンちゃんへ。 「ねえケンちゃん! ケンちゃんはあさことケッコンするっていったよね!」  わたしも追随。 「ちがうでしょ、おねえちゃんとケッコンするんだよね!」 「…………」  幼稚園児の惚れた腫れたは即、ケッコンへと結びつく。結婚の意味もわからないくせに、ね。  あとから事情を知った姉に慰められはしたが、あの日、わたしは、チューリップ組のボスである浅子ちゃんに味方する女の子たちから吊し上げられ、さらには浅子ちゃんに本心を知られた都合の悪さと、姉への内緒の恋心を暴露された照れにより頭に血が上ったケンちゃんに突き飛ばされて、砂利敷きの地面に突いた掌と両膝を擦りむき血を見るという、いま思い出しても痛い、散々な目に遭ったのだった。  のちにわたしの言葉どおり、姉にケッコンを申し込んだケンちゃんは、いくら実力者である浅子ちゃんに逆らえなかったとはいえ、幼稚園児のくせに二股なんて生意気だと、姉に芋虫を背中に入れる刑に処され、大泣きさせられたらしい。  まったくもって、ざまあみろ、である——おっと失礼、話が逸れてしまった。
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