わたしには、ヒミツが、ある。

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「要……おまえ、婚約って、本当の話だったのか?」 「兄貴に嘘なんかついてどうするの?」 「本当に?」 「ああ」  首肯を受け、社長が破顔一笑、駆け寄ってきて専務とわたしの肩をバシバシと叩いた。 「そうか! おめでとう! やったな!」 「ありがとう。兄貴」 「三年か? 四年か? 長かったなぁー。やっと仕留めたか」  三年? 四年? 仕留めた? なにそれ? 狩ですか? 「うん。粘った甲斐あってやっとプロポーズのオーケーもらったんだ」  プ、プロポーズ? いつ? 誰が? 誰に? 「そうかぁ。それで? しっかり囲い込んだんだろうな? おまえのことだからもう……」 「囲い込んだっていやだなぁ兄貴、変な言い方するなよ。相沢が驚くだろう?」 「いやいや、大事なことだぞこれは。どうなんだ? やることはバッチリやったんだよな?」 「ああ。うん。もちろんさ。挨拶とかはまだだけど」  もちろん、なんですと? 「ウチの連中には? もう会わせたのか?」 「ううん、それもまだ。近いうちにとは思ってるけどさ」 「なんだよ。さっさとお披露目して周りも固めちゃえよ。グズグズしてると横から搔っ攫われるぞ」 「酷いなぁ。やっと捕まえたのに縁起でもないこと言わないでよ」  目の前で麗しい男ふたりが、とんでもなく意味不明な話題で盛り上がっているのですが、わたしが口を挟んでもよいものなのでしょうか。挟みたい。 「ねえ! ちょっと! どういうことよ?」  と、思っていたのは当然、わたしだけではなかったようで。  もうひとりの存在をすっかり忘れていたかのように話に夢中になっていた男ふたりは、声の主へと視線を向けた。  テーブルにカップとソーサーを置き、徐に立ち上がった橋田美月が、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。目の前で立ち止まり腕を組み口の端を歪ませて、私を見下ろす。  この女、デカい。  微妙な沈黙ののち、彼女の放つ気迫に怖じ気づいたか男ふたりが何食わぬ顔で後退り、わたしから微妙に距離を取った。  そんな気配を感じつつも、至近距離から見る美人の怖い顔はなかなかに迫力があるのだな、などと、暢気に思っていると突然、左頬に衝撃を受け、眼鏡が吹っ飛ばされた。 「はっ……」 「ひっ……」  男ふたりが小さく悲鳴を上げ——。 「婚約ですって? ふざけるんじゃないわよ! あんたみたいな何処の馬の骨ともわからないちんくしゃの眼鏡ブスが要さんに釣り合うわけがないじゃない! 身の程を知りなさいよ!」 「…………」  左頬がじんじん痺れて熱い。  ちんくしゃだの眼鏡ブスだの——そんなことは、わざわざ指摘されなくても自覚している。  この世に生を受けて二十五年。他人の色恋は嫌というほど目の当たりにし、関わらされ面倒に巻き込まれてきたが、自分に想いを向けられたことは、自慢じゃないがただの一度も、無い。身の程だって当然、自分が一番よく知っている。  だがそれが、なんだというのだ。ちんくしゃだろうが眼鏡ブスだろうが喪女だろうが身の程知らずだろうが、あんたに関係無い。が、しかし。  そもそもあれだ。  このお嬢サマはお嬢サマなりに専務が好きなのは、ちゃんとわかる。けれども、だ。どうしてわたしが、この女に殴られ、罵倒されなければならない?  そして。  おとなしく言われるがままされるがままになっているようでは、わたしがここにいる理由が無いわけで。  足元に転がった眼鏡を拾う。よかった。フレームは少し歪んでしまったが、とりあえず壊れてはいない。  眼鏡をかけ直し、一度目を閉じてスーッと深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。  わたしは、わたしの役割を全うする。  目を開けて女を見据え、戦闘開始だ。
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