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顔を真っ赤にして唇をわなわなと震わせているお嬢サマは、そろそろ限界か。
そんなに強く拳を握り締めたらせっかく長くきれいに整えた爪に施されたネイルアートのメタルパーツが手のひらに食い込んで血を見るじゃないの。
お嬢サマが助けを求めるように周囲を見回しても、目の前の社長は目だけでニヤけているし、当事者の専務はいつの間にか、わたしの背後で気配を殺している。
「なっ、なによ! なんなのよ? みんなして……あっ、あんたなんか、あんたなんかパパに言いつけて首にしてやるんだから!」
精一杯の自尊心を見せつけるように捨て台詞を吐き部屋を出て行くお嬢サマの後ろ姿を眺めつつ、ため息をついた。
「パパってさ……あの子いくつよ?」
「二十二、三、じゃないかな?」
「あ……」
——しまった。ついうっかり素が。
「申し訳ありません。失礼な物言いを……」
兎にも角にも、嵐は、去ったようだ。
自分の特異能力と、それが故に激しく歪んだこの性格を武器に、未だわたしの背に隠れているこいつに付きまとう女を撃退する。これが——
いろいろ多角経営していて金持ちらしいが興味が無いので詳しくは知らない西園寺ホールディングス創業本家の御曹司であり、直系長男が社長を務める子会社のホテルグループ専務、西園寺要の第一秘書であるわたし、相沢優香の、最も重要な仕事である。
ああ、嫌だ。
「相沢さんの勇姿ってはじめて見たよ。話には訊いていたけど凄いねぇ。目の前でやられるとド迫力だわ。あー、でも、ウチの静ちゃんといい勝負かも? ウチの静ちゃんもね、怒らせると凄く恐いんだよー……あ……頬、痛いでしょう? かわいそうに。赤くなって、手の痕が付いてる」
社長の手が伸びてきたところで、背後からぐいと肘を引かれ、倒れ込んだわたしの身体はすっぽりと、専務の腕の中に収まった。
「ごめん……痛かったよな」
専務の細く長い指が、私の頬をそっと撫でる。
「要、おまえ、なんだよ? 俺はおまえの婚約者を取ったりしないぞ?」
「うるさい。あんたはさっさと仕事しろ」
「あはは。まったくおまえは……俺にまで妬くか? まあ、兎に角だな、ふたりとも婚約おめでとう。いい知らせが聞けて、ホント、嬉しいよ。相沢さん、こんな奴だけど要をヨロシクね」
「あ」
「ありがとう兄貴」
強引に言葉を被せ、わたしを強く抱き込むこいつ。何も言わせない気だな。
「静ちゃんにも紹介したいしさ。近いうちに時間を作って四人で飯でも食おう」
「ああ、それいいな。俺たちも楽しみにしてる」
和やかに挨拶を交わし、社長室を出たところで立ち止まった。顔を見上げて鳩尾に一発、軽い肘鉄を食らわせた。
クリーンヒットしたのもかかわらず、一瞬眉を顰めただけで呻き声すら上げないとは、たいしたものだ。褒めてつかわす。
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