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説教を受ける側の基本姿勢は、床に正座と決めている。
ズボンが皺になる? そんなもの、クリーニングに出せばいいじゃないか。
足が痺れる? わたしの足じゃないし。
相手は上司? 反省は口だけではなく、態度でも示していただきましょう。自らの行いを悔いる姿勢に身分の上下は関係ありません。
この数年間、幾度となく繰り返された女性撃退後の反省会だが、今回は、いままでとはちょっとわけが違う。
イタリア製の高級革靴を脱いで几帳面に揃えて脇へ置き、膝を揃えてぺったりと床に正座をし項垂れる上司を、腕組み仁王立ちで見下ろすわたし。
「さて——説明してくださいますか? わたしが社長室へ行くまでの間に、いったいあなたは社長とあのお嬢サマになにを言ったのか」
「そ、それは……」
もう数年にわたる付き合いだ。こいつが一見ヘタレを装っているがそのじつ、かなりの食わせモノであることくらい、とっくにわかっている。
だから、上目遣いにじっとりと縋り付くように見つめられても、反省をしているどころかこちらの様子を窺いどうすれば丸め込めるだろうと計算しているようにしか、わたしには見えない。
「説明できませんか? では、ひとつずつ伺いましょう。まず、そうですね。あなたは婚約なさった?」
「……はい……あ、いえ」
「どっち?」
「……はい」
「どなたとですか?」
「……相沢……と?」
「わたしとですか? それはいつのことですか?」
「え……っと」
「たしか、プロポーズもなさったとか? なぜ当事者のわたしが知らないのでしょう?」
「……それは、その……」
「専務。ちっとも答えてないじゃないですか! すべてに答えた上できちんと反省してもらわなければ、この話は未来永劫終わりませんよ?」
「わ、わかった、答える。ちゃんと全部答えるし反省もするから——頼むからそのしゃべり方とその声止めてふつーにして怖い」
「わたしはこれが普通ですが?」
専務は「違う! ぜったいに違う!」と、ぶんぶん音がしそうなほど力強く首を左右に振った。首、大丈夫かな?
不愉快であればあるほど、怒りのボルテージが上がれば上がるほど、声は低くなり口調も丁寧になる。これは、長い不遇の時間を過ごすうち、いつの間にか身についた、癖のようなもの。
わたしの背後に隠れ、他人に向けられているそれを見聞きしているときは、嬉々とした気配を漂わせているくせに、自分に向けられるのは怖いですって?
そんなわけはないでしょう。
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