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――ピピッ
「あ、世羅ちゃん、着いたみたいです」
「間に合いましたね。すみません、御手洗いに」
「ここを右に出て、突き当たりにありますよ」
「ありがとうございます」
カラカラ……とドアが開閉する音に重なって、もう1つの足音が近づいてきた。
「……よっちゃん、起きてるでしょ」
「ンだよ」
アンナに狸寝入りは通用しない。降参した亀の如く、シーツから顔を出した。
「ふふ。武勇伝じゃない」
「ケッ。止せよ」
優しい微笑みを浮かべたアンナは、まるでご褒美を与えるように軽いキスを頬に落とした。
「仁王様の像は、残念だったわね」
「あぁ……あれか。ありゃあ、寺に返してやったぜ」
「えっ」
あの仁王像と巡り合ったのは、偶然だった。
金満興業に移って数年後、多重債務を抱えた某社長の自宅で、金目のものを差押えていた時――床の間にシレッと鎮座していたのだ。
「俺を誰だと思ってやがる。『カエサルの物はカエサルに』だ」
得意気に口にしてから、ふと気づく。仏の教えに偶然などない。全ては必然――御仏の導きだったのか?
ケッ。やってくれるじゃねぇか。けどな、こんな最高の女に出会わせてくれたんだ。チャラにしてやるぜ、仁王さんよ?
隣で感心しているアンナの柔らかな手を握る。退院したら、きっちりプロポーズかますから「権堂アンナ」になってくれよな。
【了】
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