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「思ったより元気みたいで、安心しました」
「世羅ちゃんからは、何て聞いてました?」
暫く沈黙があったが、足元の方から、音量を抑えた会話が聞こえてきた。
「兄が事故に遭って、重体で――集中治療室に居る、と」
「ええ、そう……間違ってはいないわ」
『事故』か。まぁ、アレも広い意味じゃ、事故か。
俺の仕事を分かっているアンナも、上手く濁して返してくれる。
刺傷からの出血が多く、入院直後の3日間は、本当に集中治療室にいたらしい。あと数センチ凶刃がずれていたら、太い血管を切られて――アンナの泣き顔さえ見られなかった。
「アンナさん。兄のこと、どうか宜しくお願いいたします」
カタカタとパイプ椅子の音がする。立ち上がって、頭でも下げているか。
「直純さん……ありがとうございます。微力ですけど、この人を支えられるのは、あたししかいないと思ってます」
凛とした声。疾うの間に覚悟を決めていたことが分かる。
アンナ……お前、マジかよ。
今、自由に身体が動いたら、思いっ切り抱き締めてやりたい。ヤベェな、胸が熱くなってきやがった。
「ありがとうございます。ずっと兄を案じておりましたが、漸く安心することが出来ます」
「ふふ。座りましょ」
カタカタと腰を下ろした音がする。
畜生め。何だって、2人して……泣かせやがる。
滲んできた滴を、思わずシーツで押さえた。
「直純さん。よっちゃんって、どんな子どもでした?」
……げ。止めろよ、ンな恥ずかしいこと聞いてんじゃねぇよ。
「優秀でしたね。高校までは、必ず学級委員長か生徒会長でした」
「ええっ? 本当ですか?」
「実家の寺も、兄が継ぐ筈だったんです」
「……その話、伺っても構いませんか?」
「勿論です。貴女には、是非とも聞いていただきたい」
止めろ止めろっ、バカ! くだらねぇ昔話なんざ聞きたかねぇぞ!
シーツの中で、片耳を枕に押し付けると、もう一方の耳を塞いだ。
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