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厳願寺は、市の南側に連なる丘陵地帯の入口にあります。1日2本しか走らない市バスの終点を降りてから、大人の足で2時間くらい山道を上った辺鄙な所です。
小さな寺ですが、一応、宗派の中でも由緒正しい古寺の部類に入ります。
あれは、兄が高校3年生の夏のことでした。
高校に進学すると、兄は寮生活になりました。長期休暇の帰省をいつも楽しみにしておりましたが、この夏は、特に心待ちにしていたのです。
「……仁王像がない?」
帰省した、その日の深夜、就寝前に兄の部屋を訪れ――私は、抱えていた懸念を吐露しました。
「うん。夏休みの課題でさ、写生しようと思って、蔵に入ったんだ」
当寺は小さな田舎寺ですが、代々伝わる仏具や仏像、巻物、書物の類いを幾らか所蔵しております。普段は非公開でして、年に一度、大掃除の前に所蔵品の確認をしますから、それまで蔵を開けることは、まずありません。
「実はさ、偶然なんだけど、蔵から出てくる人影を見たんだ……聡心さんだと思う」
私と兄は5歳違いで、当時、まだ世羅は生まれていませんでした。私達の母は早くに亡くなったので、寺の雑用を手伝うために、聡心という若い修行僧が庫裏の端に住んでおりました。
「それ、いつの話だ」
「3日前、父さんが部会の会合で出張した時だよ。夜中にトイレから部屋に戻る途中、物音がして」
物の怪の類いは信じておりませんでしたが、盗賊の可能性はあります。咄嗟に廊下の暗がりに身を隠しました。
――ミシリ……
息を潜めていると、床板が小さく軋みました。目を凝らしていると、蔵の方から人影が現れ、迷わず庫裏へ向かって行きました。
まさか、と思いました。外へ出るなら庫裏とは反対で、こちらに向かって来る筈なのです。台所脇に裏口がありますが、外に出れば漏れなく砂利音が聞こえる筈です。全身を耳にしましたが、夜の静寂が破られることはありませんでした。
「待てよ。蔵には鍵が掛かってんだろ」
事が事だけに、安易に嫌疑はかけられません。渋い顔をしながらも、兄は慎重でした。
「直ぐ父さんの引出しを確認したよ」
「鍵があったんだな」
「……うん」
滅多に使わない鍵ですから、合鍵を作る機会は幾らでもあるのです。勿論、その機会に恵まれる者は、身内に限りますが。
「俺に相談するってことは、まだ父さんには話してないんだな?」
兄は私の目を覗き、確かめる口調になりました。
「うん」
「お前が、怪しんでいることを、聡心は気付いてないな?」
「うん」
「他に、無くなったものはあるか?」
私は言葉に詰まりました。そこまで考えておりませんでした。
「分かった。俺に任せておけ」
無言になった私の肩を叩いて、彼は企むような笑みを浮かべました。
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