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結局、思い出しちまったじゃねぇか。
塞いだつもりの隙間から直純の声が潜り込んできて、引出しの封印を勝手に解きやがった。
「聡心が盗んだのは、仁王像だけでした」
「えっ、それじゃ掛軸は?」
「住職が他寺に貸していたそうです」
淡々と語る直純の声が、あの夜の親父に不思議と重なる。
『お前は、慢心が過ぎる。仏道には向いておらん』
聡心と直純を解放した後、住職――親父は、俺だけを部屋に残した。
自分でも、薄々は感じていた。緻密に計画を練って、大胆に実行に移す。チームの手駒を、如何に効果的に動かすか。思い通りに他人を陥れた時の爽快感。目標を達成した時の、堪らない高揚感。
コツコツ修行一筋に邁進するのは窮屈に感じていたものの……俺は長男だし、将来は決まっていると諦めていたのだ。
『俺は要らないってことか、親父』
ひねた言い方を選んだのは、クソ生意気な反抗期の青さが輪を掛けていたせいかも知れない。
『住職としては、直純の方が寺族に向いていると思っている。だが、私はお前達の父親だ。親としては、2人とも自分の道を見つけてくれれば、それでいい』
親父は、俺のスタンドプレーを怒ってはいなかった。むしろ、悲しんでいるように見えた。それが、胸に刺さった。
『寺に縛られるな、義男』
あの一言が、決め手だったように思う。
俺は、進路と決めていた仏教系大学から志望校を変え、某大学の経済学部に推薦枠で進学した。順調に大学生活を謳歌し、厳しい就職戦線も勝ち抜いて、外資系証券会社に入社した。
「今、どんな仕事をしていようと、私は兄を尊敬しているんです」
証券会社から金満興業に転職した経緯は……ま、色々あったが、俺は今の仕事に満足している。これが、親父の言った『自分の道』なのかどうかは、まだ分からねぇけどな。
「お話……お聞かせくださり、ありがとうございました」
嬉しそうなアンナの声がくすぐったい。
聡心は、宗派上部の判断で移動になった。厳願寺も辺鄙だが、もっと山深い人里離れた山寺で、修行に励んでいるらしい。
厳願寺には、別の修行僧が3年くらい派遣されていたが、しっかりした後妻が雑務も親父も引き受けてくれた。直純が得度した今となっては、もう俺が口を出すこともない。忙しさを理由に、帰省することもなくなった。
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