レンタル彼氏

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レンタル彼氏

「……」 「……」  どうしてこんなことになったんだろう。  僕は冷や汗をかきながら目の前の彼を見つめた。 「……稔。何で、こんなの頼んだの?」 「いや、それは加藤が言えたことじゃないだろ……」  待ちに待った給料日。僕は入りたてのお金を銀行でおろして、とあるサービスに電話をかけた。 『はい、レンタル彼氏サービスです』 「あ、もしもし……初めての利用なんですけど……」  レンタル彼氏。  お金を払って男の人をレンタルして、買い物とか映画とか、そういう「デート」をしてもらうサービス。女性の利用客が多いらしいけど、ここは男性も利用可能だってサイトに書いてあった。だから、僕はここを使おうと決めたのだ。 「今から、デートをお願いしたいんですけど……」 『かしこまりました。御指名等、ございますでしょうか?』 「いえ、誰でも……あ、出来れば話しやすい方が良いです。それから僕は今スーツなんで、できればそっちの方もスーツでお願いしたいです……会社帰りみないな感じで……」 『承知いたしました。では、待ち合わせ場所は……』  待ち合わせ場所はここから二駅離れた映画館の前に決まった。  僕はどきどきしながら映画館に向かう。顔も名前も知らない人と会うんだ。緊張する。けど、決して安くないお金を払うんだから楽しまないと……! そんなことを考えていると、電車はすぐに目的の駅に着いてしまった。僕は高鳴る鼓動を周りに悟られないように、少し俯いて改札まで向かった。 「あれ? 稔?」 「加藤……!」  映画館の前で、思いもがけない人物と遭遇した。加藤。大学で同じ学科だった友人だ。卒業してからも、時々遊ぶ仲。そんな彼と、こんなところで出会うなんてすごい偶然だ。  加藤はスーツ姿で、手にはスマートフォンを握っていた。仕事帰りだろうか。普段着の彼しか見たこと無い僕は、その新鮮さに少し目を奪われた。 「映画、見るの?」 「いや。人と待ち合わせ。そっちは?」 「僕も待ち合わせ」 「そっか。偶然だな」 「そうだね」  ざわざわと映画館の前は騒がしい。僕たちはお互いの声が良く聞き取れる距離まで近付いた。新作映画の真っ赤なポスターが僕たちを見つめている。僕は腕時計を見た。午後七時。待ち合わせの時間だ。そろそろ電話がかかってきても良い頃。待ち合わせをしてもお互いの顔を知らないから、向こうから電話がかかってくることになっているのだ。  僕は鞄からスマートフォンを取り出した。  ~♪  その途端、僕のスマートフォンがメロディと共に震えた。ああ、レンタル彼氏からだ。どきどきする。僕は通話ボタンを押した。 「もしもし」 『……』 「もしもし?」  あれ? 聞こえにくいのかな?  ふと、こっちを見つめる加藤と目が合った。信じられない、みたいな顔をしている。僕は首を傾げた。 「加藤?」 「なんで……なんで、お前が出るんだよ……」  加藤は僕にスマートフォンの画面を見せてきた。そこには、僕の社用の番号が表示されていた。 「……」 「……」  そして冒頭に戻る。  僕たちは気まずさを隠しきれずに視線をあちこちにさ迷わせた。沈黙を破ったのは加藤だ。 「……とりあえず、あの喫茶店入るか」 「……うん」 「その前に、ちょっと連絡入れる」 「どこに?」 「店」  加藤は僕に背中を向けて、電話をかけ始めた。 「はい……はい。じゃあ、キャンセルってことで……はい。それじゃ、俺はこのまま直帰しますんで。はい」  キャンセルって……レンタル彼氏のこと?  そんなことしたら、加藤の収入が減るんじゃ……? 加藤は息を吐いて僕に向き直った。 「それじゃ、行くか」 「……うん」  僕たちは喫茶店に向かって歩き出した。ざわざわとする喧騒の音が、とても遠くに聞こえた。 *** 「で、何でこんなの使ったの?」  運ばれてきたコーヒーに口をつけることなく、加藤は僕に訊いてきた。  僕は適当な嘘も思いつかず、洗いざらい正直に話すことにした。 「……恋人を作る練習がしたかった」 「恋人? お前、もしかして……」 「うん。恋愛対象は男」 「そっか……」 「うん……」  沈黙。  そりゃあそうだろう。知り合いからこんなカミングアウトを聞かされたら、誰だってこうなる。僕は沈黙に耐えられずにカップに口をつけた。苦い。苦くて寂しい味がした。これで友達がひとり減ってしまう……そう思っていたけど、口を開いた加藤から出て来たのはとんでもない言葉だった。 「実は、俺もなんだ」 「……へっ」 「男が、好き。だから、こんな副業やってる」  僕は驚いて加藤の顔をまじまじと見つめた。その瞳に嘘は見られない。そっか、僕だけじゃなかったんだ……そう安堵の溜息を吐いた途端、額を指でぐりぐりつつかれた。 「い、痛い!」 「まったく……こういうことに金使うなよな」 「だって、僕、彼氏居たこと無いし。こうでもしなきゃ出会いとか無い……」 「馬鹿。客との恋愛なんか許されるわけないだろ?」 「そりゃ……」 「まったく。こんなことなら、最初から俺から言っとけば良かった」 「何を?」 「鈍い!」  そう言って、加藤は僕の左手を握って来た。熱い。加藤の手って、こんなに大きかったっけ……。 「どうする? 今なら、無料で彼氏になれるけど?」 「……は」 「正直、ずっと稔のこと狙ってた」  そんな、急に言われても……。  加藤はずっと友達だと思ってたし。いきなり彼氏だなんて……。けど、このチャンスを逃したら、僕に二度と出会いは無い気がした。 「……手を、繋ぐことから始めてくれるなら」 「オーケー。じゃ、行こっか?」 「どこに?」 「デート」  立ち上がった加藤の背中を、僕は慌てて追いかけた。広い背中。どきどきする。  財布の中には、レンタル彼氏に使う予定だった大金が入っている。今日は、これを使ってデートを楽しもうかな。  喫茶店を出て、立ち止まった加藤の顔を見た。  彼は笑顔で僕に手を差し出してくる。それを僕は緊張しながら、きつく握った。

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