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『財前師こそ、こんなところに何しに来た!』
と勇ましく叫んだものの、財前師の手にはリードがありその先にはデカワンコが居た。どう見ても散歩である。
だが、ここで引くわけにはいかない。太湖との熱烈キス(?)を言及される前にあれこれ責め立ててさり気なくこの場から立ち去りたい。
「見てわからないのか? 犬の散歩だ」
「なんて奴だ! 神聖な境内に獣を連れて来るとは不敬だぞ! 許されると思ってんのか財前師!」
「……お前、何を言ってるんだ? 新田こそーー」
「ウンコしたらどうするんだ! バチあたりめ!」
「ヴォンヴォン!」
難癖をつけまくる俺にワンコは激しく吠えた。シベリアンハスキーだろうか。財前師の犬でなければ、ヨシヨシワシャワシャ撫で回したい気持ちである。
「稲荷神社で犬の散歩は禁止事項なんだぞ! 祟られたくなかったら早急に犬を連れて帰れ! 後で油揚げをお稲荷さんに差し上げろ!」
我ながら意味不明な事を喚き散らし、後ろ手で“先に帰れ”と弟に合図を送る。
真緒の名残を求めて俺に舌をねじ込んできた凶悪変態だ。最後に真緒と会話した太湖にも、妙な執着を見せるかもしれない。
だが太湖は俺を押し退けて財前師の方へ歩き進める。
そして、財前師を前に『犬、触ってもいいっすか』と、尋ねた。
あ然とする俺と財前師。
撫でてもらえそうな気配を察知した犬が自ら頭を差し出し尻尾をはち切れんばかり振っている。
ハスキーのモフモフを一通り撫でて満足したのか、そのまま何も言わず太湖は立ち去った。
「……えっ……?」
俺だけじゃなく、財前師も太湖のマイペースさに困惑しているようだった。
「一体何なんだあいつは……?」
「まぁ、気にすんな。ちょっぴりシャイなんだよ」
「シャイだと? いや、そんな事よりも新田ッ! さっきの男と淫らな行為に及んでいただろ!? お前は真緒という恋人が居ながらなぜーーーー」
「はぁ? お前だって俺に気色悪いチューをぶちかましてきたじゃねぇか! 真緒の事を想うなら俺にすんのはルール違反だろ! てか、俺が何しようが財前師には関係ないしもう俺らには関わってくんな! じゃあな!」
言いたい事を一気にまくし立て、俺は軽やかに帰路へと走る。
長居は無用。財前師に奇妙なスイッチが入る前にとっとと帰って眠りたい。
ーーだが、またにしても俺は財前師の潜在能力を見誤っていた。
口から不可思議な呼吸法を繰り出したかと思ったら、階段を駆け下りる俺の背後にいて、気が付いたら元の境内の場所に寝かされていた。
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