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「肌を刺す風に身を縮ませながらその日僕は高校受験に挑んだ。受験票の確認と鉛筆六本と使い慣れた消しゴム。そして母が作ってくれた御守を手にハルタのローファーを履いてーー」
「もっと端的に!」
「……結論から言うと、凍結した道路で滑って鉛筆を全部折った。それに気付いたのは席に着いてからでその時綾瀬真緒が鉛筆を貸してくれたんだ」
メガネ曰く、全滅した鉛筆にオロオロしていると近くにいた真緒が鉛筆を二本貸してくれたそうだ。
後で返すと言っても『別にいいよ』と断られそれでも食い下がるメガネに『入学して同じクラスになったらジュース1本奢って』と微笑んだらしい。
「名前を聞きそびれてしまったが、入学していればすぐに見つけられると思った。なにしろ彼は群を抜いて美しい容姿をしていたからな。
しかしそれらしい人物は見当たらず、この学校にはいないと思った矢先、遮光器土偶と遭遇したんだ」
また丹念にレンズを拭くメガネ。
育ちの良さを感じさせる端正な横顔は、真緒が焼き物に見えるという奇妙な共通点でもなければ一生交わる事のないタイプだろう。
「新田なら分かると思うが、しばらく僕は混乱していた。オカルトじみた現象に脳に問題あるのかと不安になった。思い付く限り自分を調べたが僕自身には何も異常はなかった。
だから次は遮光器土偶を調べる事にした。その結果、彼があの美しい綾瀬真緒だと判明したよ」
「調べるって具体的にどんな事をしたんだ?」
「まぁ、ほぼ観察だな。跡を付けたり周りから綾瀬真緒の情報を聞き出したりした。皆、口を揃えて“彼以上の美人はいない”と賛美する。遮光器土偶にしか見えない変人は僕だけだった」
「……江藤」
「遠藤だ。しかし不思議な事に綾瀬真緒に関わる男は皆おかしくなっていく。
綾瀬真緒に執着し破廉恥極まりない行為にまで及ぶ。
彼が誘惑しているならともかく、本気で嫌がっているように見えた。……いや、“見える“というより“聞こえた”というのが正しいな。
土偶に表情がないが、毎回必死になって逃げようとする雰囲気を感じた」
「……お前、毎回居合わせたなら真緒を助けてやれよ!」
「あいにく僕は武闘派じゃないんでね。それに僕が助けを呼ぶ前にいつもお前が彼を助けたじゃないか。“まるでそのタイミングを見計らったかのように”ね」
見計らってねぇわ。どっかの名探偵ばりに偶然居合わせてしまうんだよ。
言い訳する前に遠藤がまたペラペラ喋り出したので別に追及するつもりはないらしい。
「観察していく内にお前だけは綾瀬真緒に対して他とは違うと気付いたんだ。
あれだけ一緒に行動している割に時々彼を奇異な物でも見るような目を向けていた。
扇情的な声を聞いても平然としていたし、かと言って彼を嫌っているわけでもない。
何か理由があるんじゃないかとずっと話し掛けるタイミングを窺っていたんだが、1年もかかってしまったよ」
「いや、もっと早く声かけろよ! 俺もずっとハニワに見える事に悩んでたわ! 悩みすぎて何度も埴輪展に行っちまったじゃねぇか!」
「怒るな新田。これでもかなり頑張った方だ。見当違いだった場合変人扱いされるかもしれないんだぞ?」
まぁ、確かに俺も初対面の奴に『埴輪に見えますか?』なんて訊けねぇな。
「……それで真緒の事で何か分かった事あるか? その、童貞検証ってやつをやったんだろ?」
「あぁ、昨日同学年に聴き込みをした結果ーー“童貞”と答えた者は一人もいなかった」
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