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隣から響く音に俺は耳を塞ぎたくなった。
男の荒い息遣いに、嬌声にも聞こえる嗚咽。あきらかにヤバイ気配にその場から立ち去りたいのにそれが出来ずにいる俺。
昼間食ったタコライスが当たったのかかれこれ20分個室に籠もり続けた結果、幼馴染が襲われている現場に遭遇してしまった。
だが、助けようにも個室から出れないし、声を出すのも辛い現状ではどうする事も出来ない。
いや、むしろ俺の方が大ピンチ。めちゃくちゃ腹痛いし、トイレットペーパーはあと僅かだし、そんな状態で男(しかも知り合い)の喘ぎ声とか何の拷問? と神に問いたい。
そうこうする内にベルトを外す音がして、他の誰かが用を足しに来る可能性がゼロだと判断した俺は、渾身の力を振り絞り個室の仕切りをぶん殴った。
『あ"? 誰だ? 盗み聞きしてんじゃねぇよ』
邪魔されて頭にきたのか個室の壁をガンッと蹴り返す藤堂。
イケメンと名高い男だが、トイレで盛る野郎なんぞ所詮猿以下だ。もっと場所を選ばんかい。
「真緒、悪いけどこっちにトイレットペーパー投げてくんね?」
「えっその声は智樹? ……もしかしてずっとそこに居たの?」
息を弾ませながら喋る声は間違いなく幼馴染で、どこか責めるような口調で俺に訊ねた。
「昼飯食ってから、ずっとゲリラ豪雨。オカンが、タコライスに、生焼けの肉入れてたから、下したっぽい。 あ、余裕あったら、薬も、貰ってきて」
息も絶え絶えに話す俺の方が藤堂に襲われたみたいでちょっと気まずい。
「お前、新田か? “俺の”真緒に甘えんな」
蚊帳の外にされたイケメン藤堂があからさまに不機嫌な声で『さっさと出て行け』とドアを蹴った。
それが出来るならとっくにしとるわボケェ。
「大丈夫? 先生呼んで来ようか?」
「いや、そこまでしなくていいよ。……でももし俺の身になんかあったらオカンに二度とタコライスを作るなって言っといて。あと、この前本棚から出てきた【女子制服図鑑】は俺のって言ったけど本当はオトンの私物だからアイツちょっとヤバイかもって伝えといて」
出来ることなら最後に聞く声が男の喘ぎ声ではなく可愛い子猫の鳴き声が良かったと悔みながら、幼馴染の真緒に遺言を託す。
するとイケメン藤堂が『これ使え』と上から何か落とし、元野球部の反射神経でキャッチすると下剤の一種だった。
「……藤堂! ありがとう!」
おかげで具合が良くなり、“イケメンでも下剤を常備するほど腹痛に悩まされたりするんだな“と親近感が湧く俺に『別に。真緒に使い損なったし』と呟いた瞬間、親近感−10000を振り切った。
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