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上手く……飲み込めない。
夫は、わたしの愛する人は……一体何を言っているのだろう?
「聞こえなかったのか。お前の悪事は全部バレたと言っているんだ。貞淑な妻のフリをして、よくも騙してくれたもんだ」
「っ! ……待って、待って下さいっ! 悪事など、そんなこと……っ」
「黙れっ! 容姿も十人並みで何の後ろ盾もないお前を、わざわざこの俺が選んでやったというのに……恩を仇で返されるとはこのことだな!」
「だ、旦那様っ! わ、わたしはっ」
「言い訳などいらん! お前とは今日限りで離縁する。ああ心配するな。手続きはこちらでやっておく。お前はその薄汚い口を閉じて、さっさと幾多の愛人の元へ向かうがいい」
話は以上だ、とばかりに、背を向けて部屋を出て行く夫。
廊下で侍女や執事を呼ぶ怒鳴り声がして、急いで駆け付ける靴音が響き、やがて嵐のように吹き荒れた一幕は、わたし一人を残して遠ざかる。
……鼓膜を震わす残響。夫の、激しい罵り。
全く身に覚えのないそれらより、何より。
わざわざって、言った。
選んでやったとも、言った。
ああそうか……だから「くれてやる」なんだ。
吐露された夫の本音は、いつかの言葉に隠された本当の意味に行き着いた。
その瞬間、自分の中で、これまで膨らませていた夫への思慕も愛も、夫だけに向けられていた感情の全てが、
凍てつき、
粉々になって……砕け散る。
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