すれ違い、惑う心

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「お手伝いに参りました」 「……いらないわ。持って行くものなど何一つありませんから」 沈痛な面持ちで入室した執事に微笑む。 いつでも、どんな場面でも表情を崩したことのない彼が、いま初めて見せる感情に思いの外、わたしの気持ちが浮上する。 「ないことはありません。これまで貴女が当家の為に尽力したことは、当然の権利として保証されねばなりません」 「権利も何も、悪事を働いた妻にあるわけないじゃないですか」 「奥様」 「もう違うわ」 捨てられたのだ。 妻を名乗るのも呼ばせるのも、失ってしまった立場のわたしにも、身の程を弁える術だけは残されている。 「旦那様は思い違いをなさっているのです。貴女が悪事など、そんなこと」 「いいえ。旦那様がそうだと言うなら、わたしはそうだったのでしょう」 元より、真実に意味などなかったのだ。 夫は、まだそう呼んでしまうけれど、夫は聞こうともしなかった。 弁解も、間違いを訂正することも、させないままに。思えば、当たり前の話だろう。 夫は最初から、結婚する以前から、わたしという者の存在を切り捨てていたのだから。
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