ある男の独白について

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国を襲った戦乱は多くの人の命を奪ったが、それと同時に、残された人の人生も根本から捻じ曲げてしまった。 早くに亡くなった両親の後を継いだ兄は、騎士という職業ゆえにその命を国に捧げ、次に継いだ兄もまた同じ運命を辿る形で長かった戦乱は終わりを告げた。 平和が戻ったことは幸せなことだと思う。 だが、若かった俺が初陣を飾ることも出来ぬまま、仇を取ることも国を守ることも出来ぬまま一人残されてしまった事は、どうしても胸の中のシコリとなって刻まれている。 取れない楔を抱え、継ぐ予定も覚悟もなかった公爵家を背負ったのは、俺が18歳になった頃。 名門貴族の肩書きは、それまで自由を許されていた三男の俺には重過ぎた。 気楽な街の警備兵から王直属の部隊へ。昇格とは聞こえはいいが、その身分に相応しい、有難くもない押し付けのような配置換え。 慣れた仕事から慣れない仕事へ。 こちらの意思など決して及ばない権力に翻弄されていく。 身内の不幸に泣く暇も嘆く暇もない。 降って湧いたような重圧と責任だけを抱えて過ごす日々は、若い俺の精神を半端なく疲労させ、吐き出す事も出来ずに蓄積させていたのだろう。 「あの、大丈夫ですか?」 柔らかな声に目を開けた。 急に差し込む光に目を眇めると、こちらを覗き込んでいたらしい少女がホッと息を吐き出す。 ……あれ? 俺はどうし……? 「酷い顔色です。医師を呼んで来ますのでお待ち下さ」 「いや、大丈夫だ。少し休むつもりが寝入ってしまっただけだから」 強い日差しが照り付ける王宮の中庭。空いた時間で木陰での涼を求めて座っていたはずが、気付いたら地面に倒れ伏している。 顔に当たる草の匂いとチクチクと頬を刺激する不快感。ぼんやりとした頭を振るって身を起こす。 王宮内において、行き倒れのような有り得ない姿の俺と遭遇してしまった少女は、酷く驚いたことだろう。 気まずいが、起こして貰ったおかげで自分の部下に恥を晒さずに済んだ。お礼を言おうとしたら、ヒヤリとした少し擽ったいものが額に押し当てられる。
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