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男のあまりの剣幕に放心状態になっていたと思う。
医師に傷付いた箇所の手当てを受けて、本来なら夫となる人物か医師にだけしか見せてはならぬ、女の秘すべき部分への治療も全て、傍らで見守られることを許していた。
……いや、許さざるを得なかった、が正しいのだろう。
途中で気付き、部屋から出て欲しいと男に対し目で訴えたのに、怒りの中に見えた、こちらを気遣うような、それでいて痛ましげに眇めらる瞳に何も言えなくなったのだ。
「こんな真似は、もうしてくれるな」
医師が出て行き、二人になった気まずさと居心地の悪さに黙っていると、突然、男が吐き捨てるように唸る。
苦痛に歪んだ眉根で、部屋の隅に飛んでいた破片を睨み付けながら。
「……どうして、お止めになるのでしょう」
わたしは貴方を知らない。
接点すら持ったことのない人物から、親切にされるのも怒られるのも意味が分からなかった。
「君が命を捨てたくなる気持ちは理解する。酷い目に合ったのだ……死にたくもなるだろう。だが俺は、君に絶望のまま死なれるのは嫌なんだ」
「なぜ……?」
「俺がこの手で救った命だからだ。君自身がそれを放棄するのなら、救った俺がまた何度でも掬い上げてやる」
「だから、なぜ……?」
「君はあの時、一度死んだと思えばいい。
ここにいる君は新らしい生を受けた違う人間で、それを提供したのは俺だってことだ。与えた俺が君を生かそうとして何が悪い」
……なるほど、この男は自分の所有物となったわたしが、自分の許可なくした行いが嫌だったらしい。
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