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「では……名を。
新しいわたしに名前を下さい。ご主人様」
正直、迷ったけれど。
すでに、自分の為に生きる意味はなくしたのだ。
誰かに求められるなら、男がそう望むのであれば、過去を消して、玩具に成り下がるのもいいかもしれないと……思った。
「……今後はリリーと、そう名乗るがいい。そして俺のことは、ロウと呼べ。ご主人様など……君はそんな風に絶対に呼んではいけない」
「かしこまりました、ロウ様」
男には男の拘りというものがあるのだろう。
仕立ての良い服を着て、医師を呼ぶ財力もあって、この部屋を見渡す限りでも平民とは言いがたい。
貴族なのは間違いないと踏んで、侍女時代の言葉を使ったけれど、どうやら男はご主人様もロウ様呼びもお気に召さなかったようだ。
「そうじゃない。敬語も様付けもいらない。君とは、リリーとは、つまりその、対等でありたいと、俺は思っている」
「……努力、致しま……します」
……とんでもない男に拾われたかもしれない。貴族の中では、ごく一部ではあるが、変わった趣向をお持ちになられる方がいる。
普段から敬われる立場にいると、それに苦痛を覚えるらしい。侍女や下男、自分より身分の下の者にわざと自分を蔑まさせ、ストレスを発散させるというものだ。
男は、そこまでではないにしても、通じるものがあるかもしれない。
いつか、罵倒を望み、足蹴にされることを望まれたなら、わたしは……するしか道はないのだろう。
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