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平穏と乱れる想い
ロウとの暮らしは、驚きの連続だった。
元夫の屋敷ほどではないが、それなりの広さを誇る家なのに、常駐している執事も侍女も居なくて。
市井の、平民のお手伝いさんが日替わりで訪れて、掃除や洗濯や料理、決められた時間内でそれらをこなし、決められた時間に引き上げて行く。
皆が皆、気さくで、明るくて、主人であるロウにも軽口を叩き、笑い合ったりしているところは、わたしが侍女として身に付けていたものを根底から覆された気分だった。
貴族に仕えるということは、主人の命令に忠実に従い、与えられた仕事を黙々とこなすこと。
間違っても軽口や笑顔などしてはならない。
「リリー、そう難しく考えるな。
この家では、仕事さえきっちりしてくれるなら、それ以上のものは望まない。だからお前も自由に振る舞えばいいんだよ」
「で、ですが……」
ロウはわたしの傷が癒えても、いくら大丈夫だと言っても、仕事という仕事を与えてくれなかった。
せいぜい、庭の一角のスペースに、好きな花でも飾るがいいと、色んな種類のタネを渡されただけだ。
ロウがどんな仕事をしているのか知らない。
軍服のようなものを身に付けて、帯剣もしているところを見ると、騎士だと言えなくもないが……
王の城で侍女をしていたわたしは、その服にまるで見覚えがないのが不思議で、一度だけロウに聞いたことがある。
どちらの所属なのか、と。
それに対しロウはただ、笑うだけだった。
教えてくれないなら無理に聞こうとは思わない。ロウも、わたしが何者でどこの誰かなど、詮索は一切して来ないし、されたとしても自分だって答える気はないのだから。
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