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とうとうこの日が来てしまった。
何度か断ろうと試みたこともあったけれど、それはことごとくカレンさんによって阻止され、まごついている間に、今日を迎える。
ロウにも豪華な衣装と宝石を用意され、熟練の技を持つ方から着付けされ、化粧も施され、立派な偽物の貴族令嬢となったわたしの隣には、本物の貴族であるロウの姿があった。
「こんなことになってしまい、申し訳ありません」
「謝る必要はないだろう。
実は言うと、いつも頼んでいた友人の妹に婚約者が出来てね。どうしようかと思っていたから、正直、君の申し出は有難かった」
そんな風に言われたら返答に困ってしまう。
貴族でもない婚約者でもない、どこの馬の骨かも知れない女を連れ歩くロウが、他の方からなんて言われるか気が気じゃないのに。
「身分なんて気にするな。そんなもの無くったって、リリーはいつも綺麗で聡明だよ。今日のドレスもよく似合っている」
「……ロウ様、お戯れはよして下さい」
会場でエスコートしてくれるロウに、いつもの不器用さは微塵もない。
軽やかに流れる褒め言葉も、穏やかに笑う顔も、パートナーに対して取るべき当たり前の態度だった。
わたしの知らないロウがいる。
当然といえば当然だろう。ここは屋敷ではなく、腹の探り合いや蹴落としが日常茶飯事に起きる場所なのだ。
偽りの仮面を付けてないと、たちまち排除の憂き目に合う。
気後れが占める心を奮い立たせた。
彼の足を引っ張らないように、余計なことは言わないように、出来るだけ笑顔で丁寧な口調でやり過ごそうと決意する。
「リリー、肩の力を抜け。来たばかりでそれじゃぁ疲れるだけだ。大丈夫。全部俺に任せてくれたらいい」
早速、ロウを困らせてしまった。
苦笑する彼に恥ずかしくて逃げ帰りたくなる。
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