平穏と乱れる想い

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「隣、いいですか? 麗しいお嬢さん」 わたしの読みは、ものの数分で崩れ去った。 すでに腰を下ろしているオットー公爵によって。 「ロードフェルド公爵殿は側に居ないみたいだね。良かった。君とはゆっくり話してみたかったんだ」 「まあ、光栄ですわ。オットー公爵様」 心は早く去れと思っているが、そんな顔も言葉も勿論しない。ボロが出ないように必死で頭を回転させる。 突き刺さるような、こちらを舐め回すような強烈な視線と、無遠慮に身体を寄せて来ることに吐き気がしてきた。 「見れば見るほど君は、俺の知り合いの知り合いに似ているんだが……本当に別人なのかな?」 「何を仰っているのか分かり兼ねます」 「じゃあはっきり言おう。俺の知り合いの名はレイと言うんだよ。知らないとは言わせない」 ……血の気が引いた。 ここがソファじゃなかったら、きっと倒れていたことだろう。 「有名な男だ。家名はなんだっけ……確かモトムラ、と言ったかな。彼も今日、この夜会に来ているんだが……呼ぼうか?」 「やめてっ!!」 迂闊だった。 というよりも、こうなることを想定しなかった自分に腹が立つ。そしてそれを、目の前の男に誤魔化し通せなかった脆さが情けない。 叫びは肯定となり、オットー公爵の表情がいびつに歪み微笑んでいる。 我慢出来ず立ち上がったわたしの腕を、なんなく拘束した男に、そのまま引き寄せられる。彼の膝に倒れ込んだ瞬間、耳に注がれた言葉にゾッとした。 「レイに捨てられた女が、なぜ公爵と共にいる? 潔癖な彼がお前みたいな売女を相手にするとは思えないが……一緒にいるところを見ると、君の手管は大したものなんだろうな」 「……わ、わたしの事をどう言おうが構いません。けれど、ロードフェルド公爵様をバカにするのは許さない!」 思い出していた。既視感があるずだ。 彼は、オットー公爵は、レイと……元夫と時々、談笑していた人物だった。
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