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涙を堪えて押し黙る。
そんなわたしに、ロウは必死に勘違いした言い訳を語り出す。
身分を隠しててゴメン。名を偽ったことについては事情がある。この屋敷は仕事の為のもので、偽名もその為で、君に不愉快な思いをさせるつもりはなかったんだ、と。
許して欲しいとまで、言わせてしまった。
それはわたしの台詞だろう。
貴方の優しさに甘え、貴方の提案に浅ましくもしがみ付き、結果、窮地に立たしている。
しかもそれを……そんな状況になっていることを話していない。
オットー公爵に脅されたから言わなかった、ではなく、わたしが、わたしの意思で、貴方に黙っているのだ。
レイとの関係を知られたくない。
知ったら貴方は、きっとわたしに笑顔なんて向けてくれなくなる。
夫に尽くさない妻。
夫を謀り領地の収入を意のままに操る金の亡者。
豊満な肉体を武器に、権力者に簡単に脚を開き、媚び、淫蕩に耽る破廉恥な女。
国の英雄に侮辱の限りを行なった元妻だと、誰が打ち明けたいと思うのだろう。
ただの噂だ。全部ウソだ。
これほどまでに、強くそう思ったことはない。
けれど……
弱者の叫びに耳を傾ける者などいない。
強大な権力を保持するレイの存在は大き過ぎる。
離縁された。
愛人であった女はすでに後妻となっている。そして噂通りに美しく慈悲に溢れ、英雄のお子を身ごもった高貴なる女性だと国中に認められていた。
元妻は未だに罵られ、蔑まれ、恨まれているというのに。
貴方にだけはバレたくない。嫌われたくないと、弱いわたしは自分だけを守っている卑怯者だ。
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